第444話 捨て身のエルフは気味が悪いです
トーア平原へと続く、トーアの谷。
ヘンザック領ハーフルルの町で敗退したエルフ達は、寒村経由で山に戻らず、東方面へと移動。ロイオウ領内を抜けるルートで撤退していた。
しかし……
「ふむ、 “ 静観を決め込む ” とは何だったのか……いえ、あるいは……?」
ペイリーフは行く手に布陣している王国軍の旗の中に、ロイオウ家の旗を見つけ、やれやれと肩をすくめた。
「おい、ペイリーフ。どーすんだよ、敵に行く手抑えられてんじゃねーか」
「2000以上はいるんじゃないかアレ……ぜってー勝てねーってあんなの!」
「うう……このままじゃみんな死んじゃう……」
泣き言を喚き散らす同胞たちに、ペイリーフは本当に辟易とする。
「戦いを挑んだ時点で、死ぬ覚悟もできていない愚か者たちは黙っていてもらいたいものですね。わざわざ助けに来てやったのですから感謝してもらいたいくらいだ」
その一言にエルフ達はザワついた。
「おま……なんだよその言い草は―――……っが……あ??」
一番活きのいい、リーダー格っぽいエルフが、代表してペイリーフに突っかかった。
だがまるで高圧電流でも流されたかのように固まり、痙攣しながらガクンとその場に落ちて、両膝を地面につけた。
「自分達の愚劣さがまだ分からないとは、本当に呆れる。王国軍に痛めつけられてもなお反省もせずに居丈高なその態度は……目に余る」
普段は丁寧で、紳士な物言いのペイリーフの言葉遣いに凄みが宿り出す。
目の前で膝をついて動けずにいるエルフの男の頭を無造作に掴むと、魔力の輝きが放たれた。
「ぐがぁああッ!?」
「ふむ、こんなモノ……か。所詮はエルフ、肉体の強さは人間以下も少なくない。少しばかり
メキメキメキ……
ペイリーフが男の頭から手を放すと、途端にエルフの華奢な身体が隆々と肥大化しはじめる。
そして、あっという間にエルフらしからぬ体格へと変貌し……
「な、なんだ?? ペイリーフお前……何をしたんだ!?」
全員が怯え気味に腰が引けている中、勇気を振り絞った一人がたずねると、ペイリーフは不敵に笑みながら答えた。
「なに、見ての通りですよ。肉体を強化して差し上げたまでのこと……ああ、見て分からない程度の知能しかもっていないんでしたね、あなた方は?」
わざわざ説明しなければ理解できないというのが愚かしいとばかりに笑い飛ばす。
その態度にエルフ達は戦慄した。
「さて、そろそろいいでしょう……それ、行きなさい。せいぜい1人でも多く殺してから死ぬように」
「ぐ、ううう……うぁああああ゛ぁーーーっっ」
3mにおよぶ巨体化。全身の筋肉がそのエルフの命の全てを吸って肥大化し、強力な肉の鎧になると同時に、猛烈なパワーを与える。
だが頭をかき回し狂わされた男は制御不能。彼自身にももはや自分をコントロールすることは叶わないだろう。
その哀しいエルフが1人、王国軍に向かって駆けだす。
それは無謀な突撃だが、エルフ達がハーフルルの町に攻撃を仕掛けた時と変わらない行動でもある。違うのは、怪物じみた身体能力と死を前提とした捨て身の姿勢だ。
―――死ぬまで戦う駒。それを何の情も倫理もなく作ったペイリーフは、仲間であるはずのエルフ達すら恐怖する存在感を隠すことなく放っていた。
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「! 敵、真正面から接近です、皆さん、迎撃の用意を」
谷の方から走ってくる者の姿を見て、僕は兵士さん達に戦闘態勢を取らせる。
けど、何か奇妙だ。
「単騎……、しかもアレはエルフ……でしょうか? 何か様子がおかしいです、全員、気を引き締めるように!」
僕の前にも兵士さんが守るように出てくる。
走ってくる相手との距離が詰まるにつれて、徐々に分かってくるのはその大きさと異常さだった。
「! でかい!」
「殿下、もっと後ろへ御下がりを!!」
「なにか暴走しているようだっ、なりふり構わずくるぞ!!」
兵士さん達が声を掛け合い、走って来る相手に槍の穂先を向ける。
「がぁあああああああああ!!!」
見ている方向は定まらず、メチャクチャに動きながら迫って来た。
「接敵! 迎え撃てーーーっ!」
兵士さんの一人がそう叫ぶと、こちらからもそのエルフに向けて10人ほどが突撃を開始。
それに引っ張られるようにして、後続も敵との距離を詰めるよう、前進。
ドッ! ガァンッ、ザシュッ、ドカッ!!
激しくぶつかり、エルフに槍が突き刺さる。
だけどエルフもパワーにモノを言わせて暴れ、兵士さん達を殴り倒し、蹴飛ばした。
「がああああっ!!」
「手をゆるめるな! 次々と刺せ! 相手は素手だぞ!!」
見た目以上にタフでパワフル。だけど一騎当千というほどじゃない。
「相手の後続はありませんか?」
「今のところは見当たりません、トチ狂った者の勝手な暴走でしょうか……?」
いや、違う。
何か突撃に意図めいたものを感じる。
あのエルフのじゃなく、あのエルフを突撃させた者の意図……
「(すぐに来ないのは、あの単独突撃の成果を見るため? 他のエルフ達は、谷の中で待機しているんだとして……)」
あのエルフは捨て石の試金石?
だとしたら、他のエルフは谷を引き返して別のルートを模索するかもしれない。
「全軍に通達を。あのエルフを倒しましたら、谷に向けて前進します」
「ハッ! かしこまりました!」
セレナからの報告に、あんなエルフがいたって話はなかった。
ということは、ハーフルルの町を攻めた時にはいなかったはず。見た限り、あのエルフ1人で兵士さん達の10~30人分くらいの戦力はありそう。なのにここで捨て駒にする?
……何か凄く、嫌な予感がする。
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