第433話 アイリーンと役立たずな近習です




 何ていう幸運ラッキー、なんていう好機チャンス

 ボク―――近衛兵(見習い)ことホルアンは何とこの度……


「もう少し急ごっか。目的地まで半日くらいで着きたいし」

 何と、憧れのアイリーン様の近衛として、馬車に同乗している!!


「ハッ、かしこまりました。全体の足を早めさせます」

 おいコラ獣人、馴れ馴れしいんだよオレの・・・アイリーン様によぉ!




「えーと、ホルアン……だっけ?」

「はいっ、ホルアンでございます、アイリーン様!」

 くぅう~、至福! 名前を呼ばれるだけで全身がゾワゾワする!

 そして近い! 距離が!!

 今までは遠目で姿を見るのがせいぜいだったのに、この距離感はた・ま・ら・ん!


「……おーい、ホルアン、ホルアン? ちょっと聞いてるー?」

「ハッ!? は、はい、申し訳ございません、ホルアンでございます、アイリーン様!」

「うん、それはさっき聞いた。んで、どう思うか意見を聞きたいんだけど……話、ちゃんと聞いてた?」

 むっほー!! 座った状態で、対面する自分に向かってそんな、上体を傾けたらっ、ドレスの胸元の開きから―――谷間っ、谷間がぁぁぁぁ!!


「はいっ、アイリーン様はお美しく、素晴らしいモノをお持ちでございますっ!!」

「うん?? 褒めてくれるのはうれしーけど、やっぱり話聞いてなかったね?」

 あああ、ジト目もいいーっ!!

 しかも姿勢がちょっと前に傾いてるから、座高が高いオレに上目遣い気味になって……た・ま・ら・ん!(Part2)



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「(なーんかヘンなのが近習についたなぁ……うーん)」

 私に対して、憧れ4:性欲4:自己顕示欲2ってところかな。

 まあ、どこぞの勇者よりはマシだし、もっと性欲むき出しの目で見られたことなんて山ほどあるから別にいーんだけども……大丈夫かな、コレ。


「(まぁ全体の行軍指揮はユーデンスさんが取ってくれてるから問題ないけど)」

 ユーデンスさんは獣人で、キリッとした感じの熊獅子……混血の獣人だ。

 熊の毛色で獅子のたてがみがあって、口元は熊っぽいけど目元とかは獅子の鋭さがある感じ。

 熊の体格で獅子の筋骨さとしなやかさを感じる体躯に、旦那さまがデザインしたルクートヴァーリング地方自警団の、制服がわりの鎧姿がとてもえる。


 そう、ユーデンスさんはヘカチェリーナちゃんが王城に派遣してきた獣人さんで、今回の私のルクートヴァーリング地方への移動でこの1000人の護衛部隊の指揮をとってくれていた。



「ねー、ホルアン」

「はいっ! あなたのホルアンはここに! なんでございましょうか、アイリーン様!?」

 うーん、気合……というかヘンな欲というか、そこから妙な妄想に走ってるというか……

 本当に大丈夫かコイツ、って思う―――ちょこちょこ勇者ジェインアレのことを思い出すから、そういう態度は改めてほしーんだけどなぁ。


「ユーデンスさんって頼りになりそうな人だよね、さすがヘカ―――」

「いいえ、あんな獣人野郎などたいしたことはありません! このホルアンこそ、アイリーン様にとってもっとも役立つ男ですよ!」

 うん、うっとおしい。やっぱりアレと同じたぐいの人間だこの人。


「(近習なのに言葉遣いも微妙だし、あと私の発言を途中で遮ったりしていいの??)」

 この分野は苦手な私だけど、旦那さまと結婚してからずーっと爺やさんやばあやさんに叩き込まれ続け、しかも実際にそういうのを求められる場にも何度も立ってる。


 嫌でも少しくらいはわかってきてる程度の私から見ても、ホルアンはもしここに爺やさんがいたら、笑顔でぶちのめされてるレベルで無礼さが目立ってる。


「(いちおー、これでも旦那さまの一番目のお嫁さんなんですけどねー……)」

 庶民で傭兵戦士な戦闘畑出身、上流階級なキラキラした世界とは無縁な人間だったのは間違いないけども、それでも一応身分は一国の王子様の妻なわけで。

 近習なら、もっと色々と注意深く礼儀に厳しくないといけないんじゃないのかって呆れる。


「まぁ、気楽でいいといえばいいのかなぁ……ストレスにはなるけど」

「あの獣人がですか!? そうでしょうそうでしょう、アイリーン様の精神に負担をかけるなど、存在自体が不要です! 今すぐアイリーン様の御傍より追い出しましょう!」

 恋は盲目とは言うけども、何をどーしたら今の呟きをそういう解釈で受け取れるんだか。身勝手ですなぁ……ホント、私はこのタイプが一番嫌いだなー。


「ううん、ストレスのもとはキミだよ?」

「はい! ……はい? ええと、それはどういう―――……っぅ、わ!?」




 ズズンッ……


 馬車が揺れた。目の前の役立たずな近習は慌てふためくだけだけど、外の優秀な獣人さんはすぐ馬車の傍に馬をつけて寄って来た。


「アイリーン様、お怪我は!?」

「平気。それよりこの揺れ、魔物は大物?」

 今、私が乗ってる馬車は、お義兄さん《おうさま》が手配した王家御用達のすっごくいいヤツ。

 それがここまで揺れるってことは、そういうことだ。


「さすがはアイリーン様。はい、その通りです。目算で前方やや左のなだらかな丘の上にて、ガオラ・ゴーン大獅子魔獣が出現いたしました、こちらに気付いておりますっ」



―――ガオラ・ゴーン。首が馬みたいに少し長めになってる巨大な獅子みたいな魔物。

 全高8m、体重はゆっくり歩くだけでも1歩で地面がへこむ。

 獲物を見つけると、数秒間その場で地団太じだんだを踏んで喜びをあらわにする習性を持つ。



「隊列は維持……ううん、軽く散開気味に展開させて。ヘンに固まらないようにね……突っ込んできたら1撃で削られちゃうから。あと私の剣持って来てくれる? ―――ホルアンは腰が抜けて動けないみたいだし」

 情けない事に、近習で護衛対象のはずの私よりもしっかりしていないといけないはずのホルアンは、完全に腰が抜けてた。


 なんでコレが、近習に選ばれたんだろう??



「(ま、ホルアンはどーでもいいとして、アイツをどーにかしなくっちゃね)」

 私が旦那さまのところに駆けつける邪魔をするだなんて、いい度胸。


 ちょうどストレスたまってたとこだし……ぶちのめさせてもらっちゃうんだから!



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