第434話 狩人の昔語らいです




――――――ロイオウ領、ヘシュプリアの町。


 北部の寒い地域特有の、石造りの町並みは一種の風情がある。

 とても冷たくて暗い印象が強いのに、何故かつい散歩がしたくなるような、そんな町だ。


 大きくはないが、これでもロイオウ領で一番栄えている町……


 その事実が、いかにこのロイオウ領が辺境でも特に弱くてか細い地であるかがよく分かる。

 だが、だからこそコダは、肩入れのし甲斐があると感じていた。




「……」

 コツコツと音を立てる石畳。古びてくすんだレンガの建物。

 日中だというのにどこか薄暗くて、今にも雪でも振ってきそうなどんよりとした曇り空。

 吹く風が冷たくて、ついロングコートのえりを必要以上に立ててしまう。

 自分が長毛な犬獣人ヨークシャーテリア系であって良かったと思うほどに、空気が寒い。


 だが、そんな環境がどこか心地よいと思えてしまう自分は変わり者なのだろうと、コダは自嘲じちょうする。



「……まだ冬には早いはずだが、今日は一段と寒いな。あんたらもそう思うだろう?」

 コダは、何気なく大通りで空を見上げながらそう口にする。

 大通りとは言っても、人通りなどまったくない。


 だが、明らかにその言葉を投げかけられた者達は、ギョッとした。


「悪くはないが、その気配の殺し方じゃ無理がある。何せこれほど寂しい町だ……むしろ、完全に絶ち、そこらの石の壁や地面と同化するくらいじゃあないと、俺に気取られないでいるのは無理ってものだ」

「……」「……」「……」

 スッと音もなく、大通りから細い路地へと入る角より男が数人現れる。

 私服っぽいが、明らかにこの辺りの人間ではない。


「そこまで気配を絶って行動するのは、兵士さんらには大変だったろう。ましてやこの寒空だ……ついて来るといい、一杯おごってやる」

 そう言うとコダは、私服兵士達に背を向けると当たり前のように歩き出す。その歩調は先ほどまでとは何ら変わらない。

 兵士達は顔を見合わせ、しかし油断しないようにと互いに頷き合いながらコダの後ろをついていった。



  ・

  ・

  ・


 コダは、小さな店に入った。

 古ぼけた、ほんの5、6人しか接客できないような小さな小さなカフェ。

 非常に落ち着きある空間だが、よくよく見るとあちこちがかなり痛んでもいて、素人目にも建物にガタがきていると思える部分がそこら中に見受けられた。


「いい店だろう? まぁ、店員も店主も既にいやしないがな……」

 そう言うとコダは、勝手にカウンターの向こうへ入り、棚に置かれていた茶筒などを手に取り出した。


「……空き家を勝手に利用しているのか?」

 兵士の一人が、慎重に問う。

 するとコダはフッと笑った。


「そう思うか? 問題ない……この店は正式に俺の所有だ、疑うなら後で勝手に調べてくれていい」

 嘘を言っている様子はない。

 兵士達は最初、コダが店の人間を殺して乗っ取ったセンや、あるいは無関係に誰もいなくなった場所を勝手にアジトよろしく利用しているなどを想像していた。



「……昔、この店はお人好しな男が切り盛りしていた」

 コダは、兵士達の前に茶の入ったカップを差し出しながら語り始める。


「美味い茶やコーヒーを入れる奴でな……幼い息子さんと一緒に、細々と頑張っていたんだ」

 目を細め、遠くを見るように顔をあげる。


「だが、見ただろう? この町の活気のなさを……当然、店はいつも閑古鳥さ。客は、俺のようなもの好きがたまにやってくるくらいだった」

「……」

 兵士達は油断しない。昔話で警戒心を解こうという狙いを持って話している可能性は高いからだ。

 誰も出されたカップに手を伸ばさない。


「やがて、どうにも立ち行かなくなった弱い人間……しかも、幼い息子を抱えているがために、ソレを守らなければという責任感―――押しつぶされた人間は、差し出された手を掴んだ……そいつの表情が、どういう類の笑みを浮かべているかなんて、考えることなく、な……」

 多くを語らなくとも分かる。貧困にあえいだ者が悪意に晒され、不幸に落ちた話だ。

 魔物が跋扈するこの世にあって、そんなお涙ちょうだいな不幸話は、さほど珍しいものではない。

 厳しい言い方にはなるが、その店主はもっと早い段階でこの町を去り、活気ある町で再スタートするなりできたはずで、要するに生きていく上での選択を誤った、というだけのこと。


 兵士達はドライだ。そもそもコダの話が本当にあった出来事だという前提すら怪しい。

 だが、そんな兵士達をよそにコダは続けた。


「店主とその息子は、エルフに北の山へと連れていかれ、そして永遠に帰っては来れなくなった―――常連客とはいえ無関係なはずのもの好きなどこぞの犬コロが、気になって山に入り、行方を追った末にその死を看取ったよ」



 コダは、自分のカップを口にする。

 フゥーと息を一つ吹いてから、改めて兵士達を見た。


「王弟殿下の察しの通り、俺はエルフに通じている―――いや、通じなくてはならなくなったというべきか……同時にハルバ=ルトン=ロイオウともな。二重スパイという奴だ……まぁ後者は、エルフに一泡吹かせられる時が来た時に向けての最低限度の繋がり、とでも言っておこう」

「……我々を、ここに誘ったのはそれを言うためか?」

 そう言う兵士に、コダは両目を伏して軽く笑った。



「なに、この寒空の中で頑張っている様子が不憫に見えたのでな……、それに、あんたらも土産の一つも持ち帰らないと、王弟殿下にカッコがつかないだろう?」

 そう言うとコダは、懐から正方形に折りたたまれた紙を取り出し、指先だけで弾き投げる。

 カウンターの上に着地してシュルシュルと回転し続けたソレは、やがて兵士の手元でピタリと止まった。



「……もう知っているかもしれないが、一つ、忠告しておこう。エルフの連中も要注意には違いないが……それとは別として・・・・・・・・マンコック家に注意するんだな。あそこは何か、得体のしれないモノを隠していやがる……じゃあな」

 そう言うと、コダはまるで湯気か何かのようにスゥーと綺麗な動きで店の裏口から出ていく。


「! ……くっ、お前はこれを持って一旦殿下に伝えろ、コダは我々で追う!」

 逃がさないとばかりに2人の兵士が慌てて追いかけ、1人は紙を持ってそれぞれ店を出る。




 誰もいなくなった店内―――口をつけられなかった茶のカップだけが残され、寂し気に湯気を立て続けていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る