第427話 介入する怪人です




 ルヴオンスクの包囲網は、ジリジリと輪を縮めていく。バン=ユウロスに……ではなく、ルヴオンスクの住民たちに不安や恐怖を煽るためだ。



「皆さん、はやる必要はありませんよ。ゆっくりと、時間をかけて前進を」

「「ハッ!!」」


 山岳内の魔物討伐の手配といい、この包囲網の形成と采配といい、普段ドレスを着てたおやかに微笑んでいる姿からは想像できないほど、指揮官として堂々とした姿は、なんだかカッコいい。




「さすがセレナの采配は、いつ見てもキレがいいですね」

「ありがとうございます、殿下。……ですが、本当にこのまま包囲を詰めていくだけでよろしいのでしょうか?」

 単純なこと、だけど圧をかけるにはただ包囲を狭めていけばいいってものじゃない。

 適切なタイミングが必要だ。特に、住民たちに包囲が狭まってきている、逃げ場はないと思わせないといけない。


 その点においてはセレナは本当に上手くやってくれてる。けどやってる事自体はそんな複雑な戦略じゃないから、少し不安に思うのも当然っちゃ当然だ。


「はい、大丈夫です。ルヴオンスクに相応の戦力が形成されていたならまだわかりませんでしたが、バン=ユウロスの私兵しか戦える方々がいませんからね。もし無理に住民から徴兵しようとすれば、ますますバン=ユウロスへの反発が強まりますので、こちらには好都合ですし」

 北端3下領のうち、ヘンザック領は一時的に僕が取り上げた状態になってる。ロイオウ領は沈黙を貫き、マンコック領も当主のスベニアムが個人的に動いてる以外は何もなし。

 なのでバン=ユウロスに外から援軍が来る見込みもない。



「……強いて危険があるとしましたら、エルフがバン=ユウロスを支援しようとする可能性でしょうか。ですがそれも現状況では取り得ない選択です」

 バン=ユウロスの失脚はほぼ確実だ。エルフにとって繋がって得があるのは、彼が王国内でそれなりに財を集められる立場を持っていたからこそのはず。つまり、バン=ユウロスという人間そのものには彼らから見て価値がない。


 長年にわたって表に出ずにコソコソと活動してきた過激派エルフ達が、それを破って表立ってこの場にやってくる事はまずありえない。

 仮に僕達を蹴散らし、ルヴオンスクから彼を助け出したとしても、飯喰らいが1人増えるだけで、マイナスにしかならない。


「バン=ユウロスは完全に詰んでるんです。ルヴオンスクの人々が彼に同調しているのでしたらともかく、そうではないんですからね」

 完全包囲されていて、かつ外部からの支援も助けもなし。抱えている住人は反発し、抱えている私兵も金で雇われているだけの者達だ―――内外とも味方は皆無なんだ。



「それよりもセレナ。バン=ユウロスを捕縛できた後、この1万は解散させず、そのまま運用します。そのための手はずもある程度考えておいてくれますか?」

「そのまま運用……ですか。殿下、いずこに差し向ける気でいるか、お伺いしても?」

 寄せ集めたとはいえ1万といえば結構な規模だ。それを継続して運用するというのはただ事じゃない。

 はそれだけの戦力をもって何に当たるつもりなのか……セレナでなくとも気になるだろう。


「まだ何とも言えません。出来れば山岳地の魔物討伐の援軍に当てたいところですが……少し、こう、まだ何かあるような気がしているんですよ」

 今回、アイリーンにはお留守番をしてもらっている。エルフがまた王都で何か危険んなことを企んだ場合、彼女なら直感で察して行動できるからだ。


 だけど、バン=ユウロスやエルフのことだけで済まない何かが、まだある気が僕の中でしている。


「杞憂に済めばそれに越したことはありません。ですが、この気持ちの悪い何か嫌な感じは、無視してはいけないような気がしているのです」







―――ルヴオンスク内、バン=ユウロスの屋敷。


「ちくしょう、なんでこうなった!?」

 バン=ユウロスは頭をかきむしり、ガーッと吠え散らす。

 住人どもに包囲している敵と戦わせようと兵に取り立ててやろうとしても、返って来るのは罵詈雑言のみ。大金をひけらかしてみても、誰も戦おうと申し出る者はいない。



「オレ様の町で暮らしている分際で、くそが! オレ様が逃げる隙を作るぐらい、やれってんだよぉ!」

 苛立ちからその辺の椅子を蹴っ飛ばす。

 しかし、無駄に高級なモノを揃えたせいか、椅子は頑丈にも跳ね返り、バン=ユウロスに反撃してきた。


「いってぇ……モノのくせに、椅子までバカにしくさりやがって!! このっくのっこのっ!!」

 富貴ふうきにたるんだ身体では、椅子ひとつ破壊することもできやしない。


 バン=ユウロスという人間そのものは、どこまでいっても無力な男でしかなかった。



「(どーする、どーする!? 土下座して謝……いや、無理だ。相手は王族だぞ? そこでいっぺんでも勝手な独立宣言なんざしちまったオレを、……たとえ殿下はまるめこめても、陛下達は黙っちゃいねぇ。国の威信にかかわるってなもんで厳罰確定だっつーの!)」

 バンは、ようやく自分が詰んでることに何となく気付きはじめてくる。

 さっきまで怒りで振るわせていた肩を、今度は恐怖がふるわせ出す。


 だがどう考えても無理。現状を打破し、これまで通りの生活を続ける方策など出ては来ない。


「ううう~……なんで、なんでだっ!! なんでこんな目に合わなきゃあならねぇんだぁ!!?」

 そう叫んだ、直後―――




『困っていルようダな』

 それは、バンの部屋の入り口に背を預け、腕を組んで立っていた。


「ひっ!? な、なんだぁお前ぇ!!?」

『……エルフどもの協力者、とダけ言ってオこう。助けテ欲しイか?』

 明らかに人ではない、しかし人型の怪人―――バモンドウは、そうバン=ユウロスに問いかけた。



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