第411話 ルクートヴァーリング北端の寒村です




 地方貴族は基本的に爵位を持ってなくて、地方貴族同士の場合は上下階級がほぼない。

 各地を治める領主は爵位を持っている貴族が多い中、下領を治める地方貴族の場合は、数字爵すら何も有していないケースも多い。




「ウチは一応ルーツが結構長くてさ、一応はご先祖様が得た “ 四位爵 ” があるんだけど、それでもかなり珍しー方なんだよね。他のルクートヴァーリング地方貴族もそーだけど、土着的なとこから貴族の端くれやってるだけ、ってゆー家も多いんだよね」

 その土地の地主や有力者―――昔は代々町長や村長をやってました的な血筋の人が、王国の歴史の中で地理策定や貴族による領有制度が制定されていく中で貴族化しただけで、厳密に言えば貴族じゃないわけだ。


「その意味では確かに、ウァイラン家は確かに珍しいパターンですね」

「ご先祖様様ってねー。ママの実家はちゃんとした貴族家だし、おかげで地方貴族の中でもウチは、ちゃんと胸張って貴族のお家って言える方ってワケ」



「……なるほど、そうなりますと殿下。北方3家に限らず、ウァイラン家は地方貴族の家々からの妬みは、浅からぬものがありそうですね」

 セレナの言う通り、同じ地方にあって1家だけ地位が抜きんでているとなると、他のなんちゃって貴族の家柄からしたら “ ウァイラン家調子に乗んなっ ” って考えちゃうだろうな。


ねたそねみのたぐいが、コロック氏に向かったのでしたら、少しやるせないですね」

 このルクートヴァーリング地方自体、かつてのエイミーの不幸の件もあって、住民の人柄が良く思われていない傾向が、いまだ残っている。

 (※「第09話 僕の愛猫です」など参照)


 細々とした手を粘り強く打ってきたおかげで今日こんにち、その悪評はかなり拭えてる方だ。

 だけど、下領を治める地方貴族がそんなんじゃあ、鎮火しかけてる火がまた燃え上がる原因にもなりかねない。



「そういった輩が、もし過激派エルフと裏で繋がっていたとなった場合、少々マズい事にもなりかねませんね」

「セレナねえ、マズい事って?」


「ヘカチェリーナさん。王都では今、先のファンシア家爆破の件が響いているんです。中には不安から、エルフ全体に対する嫌悪感をはばからずに口にするような人も散見されているとか……」

「! それって、殿下の領地でそのエルフと危ない取引してる貴族がいる事で、殿下の悪評につながるかもしれないって事なのです??」


 エイミーが理解した通り、名代領主を置いているとはいえ基本このルクートヴァーリングの全責任は最終的に僕へと集束する。

 だから大きな問題が発生したら、民衆だけじゃなくって貴族社会でも王家を攻撃する材料にされかねない懸念もある。


「反王室派が、せっかく大人しくなってくれていますからね……僕としましても、なるべく彼らが息を吹き返すような材料を与えたくはないですから」

 問題は、単純に過激派エルフ残党、エルドリウス一派の動向把握というところに留まらない。

 今回のルクートヴァーリング訪問は、まだこびりついて残っているこの地のうみを洗い出す意味もあるんだ。



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 ミデュエルの町から馬車に揺られること2時間。


 僕とセレナとエイミー、そしてヘカチェリーナは、ルクートヴァーリング地方最北の西隅、ヘンザック家の下領、その一番北の果ての村へと到着した。



「到着しましたね、ここが王国の北国境最寄りの村の1つですか」

 さすがにここまで北にくると、かなり気温は下がる。

 馬車から外に出ると長袖なのに、少しだけ両腕に冷気を感じた。

 

「エルフの残党さん達は、ここからさらに北の山の中で暮らしていたのですよね? ……すごいのです」

 エイミーもかつて僕に拾われるまでは、路地裏で寒さに震えながら生き延びていた経験がある。

 だからこそ、さらに寒い環境で耐え忍んできた彼らに、同情の気持ちがわくんだろうな。


「では調査を行ってくれた方に会いに行きましょうか」

 今回、この北端の村にやってきたのは、事前にエルフ残党の潜伏地を、この山岳地の中に求めて調査させた際、実際に調査を行った現地の人に会って、その時の話を直接聞くためだ。

 (※「第405話 状況はゆるりと移り変わるようです」参照)

 



「おお、お待ちしておりました殿下。お迎えに出るのが遅れて申し訳ありません、村長のポルと申します」

 僕達が目的の人物の家に向かう途中、家と家の隙間の細い道からドタドタと慌てて飛び出し、こちらに駆け寄ってきたのは、若いがデップリとした北国らしい防寒基調の服装の男性だった。


「はぁ、はぁ、ぜぇぜぇ……な、何分このような北端の村でございますれば、げほっげほっ」

「大丈夫ですか、村長? まずは落ち着いてください、慌てなくても大丈夫です」

 少し、村長の様子が気になる。慌て方がちょっと普通じゃない。

 僕達の訪問に関係のないところで、何か問題が起こった―――そんな慌て方だ。



「か、重ね重ね申し訳ありません……じ、実は殿下がお越しになると聞き、お迎えの準備を致すべく、村人総出で歓迎の食事のための狩りやら、たき拾いやらと、各々が山へと入っていったのですが……」

「! ……。ポル村長さん、山に入った村人たちは何者に・・・襲われたのです?」

 セレナが少しだけ鼻をスンスンさせたかと思うと、そう村長にたずねる。その様子に、僕も空気の匂いをかいでみると―――


「(―――薄いけど、血の匂いだ)」

 セレナが村長から詳しい話を聞き出そうとするのと同時に、護衛の兵士さん達に視線で指示を出す。



 それを受けて、兵士さん達は武具を構え直しながら無言でコクリと頷き返したかと思うと、あちこちに向かって走りだし、村の中にまんべんなく展開した。



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