第412話 危険山中で活動できる狩人です




 北の山岳地はとても広い。何十キロと山並みが続いていて真っすぐ進めたとしても北方に抜けるのは山に慣れてる人でさえ容易じゃない。


 しかも生えてる植物は食用に適さないモノが多く、木々も材木としては良質とは言い難いので、山の恵みは期待し辛いため、人が深く入り込むことはない。



 ポル村長によると、普段は村の中にある山への入り口から、100m程度の浅い範囲でしか活動しない。

 だけど昨今、この辺りを治めるヘンザック氏がやたらと臨時徴収を繰り返し行うものだから村人達は生活物資に困り、普段は踏み込まないもう数百mほど深くまで山に入るようになったらしい。



「―――そこまで行きますれば、そこそこ大きな川も流れ、魚が取れますので、何とか食料を確保できていた次第で……」

 僕達は、山の入り口付近の家を借り、そこを指揮所代わりにして、セレナ指揮の下に護衛の兵士さんらが、慎重に山へと入っていった。

 目的は村人の救出と……


「そこでエルフに遭遇し、魔物をけしかけられたと」

 僕がそう聞くと、ポル村長はほとほと困り果てた様子で頷いた。


「魔物は大型の熊のような獣でして―――最初はエルフがこちらに弓矢を射かけてきたのですが、魔物がいる事に気付くと、その上部の木を矢で射抜き、積もっていた雪を落として逃走……魔物はこちらの仕業と思ったらしく、襲い掛かってきました」

 今は冬ではないけれど、この辺りの空気は冷たい。

 冬に積もった雪の名残が高い木の枝に残っているのを落下物として利用し、魔物を上手く村人に押し付けた―――聞く限り、そのエルフは相当この山に慣れていると見て間違いないだろう。


「魔物はおそらく、グレイモーズ灰色の深毛獣でしょう。この北の山岳地には多く生息していると聞きます。力が強くてタフなので、我々でも簡単にはいかない相手です」

 至極真剣な面持ちのセレナ―――どうやらそのグレイモーズは結構な強さらしい。

 王国の兵士さん、それも王室護衛の精鋭でさえ手こずるレベルの魔物までウロついてる。


 ますますそのエルフは、くだんのエルドリウス一派である可能性が高まった。




「……そういえば、そんな危険な山の中、よく調査を行えましたね?」

 見つけたエルフの潜伏場所は、山岳地の奥深いところだったはずだ。普段山にほとんど立ち入らないはずのこの村の人々が、それだけ危険な魔物がいる山の中を現地人として案内できたことが不思議だ。


「ああ、調査の件でしたら、その時はコダの奴が村におりましたゆえ―――この辺りでは名うての狩人でしてな。この村のように山近くの村々をまわり、山に入っては村近くにまで来た魔物を退治してくれておる者がおりまして」

「(殿下。その者……怪しいかと)」


「(ええ、わかっていますセレナ。コロック氏が手配した山岳調査団に都合よく居合わせ、協力……しかもかなり距離がある山中で、調査団は難なくエルフの潜伏場所を突き止められていますからね……)」

 こんな広大な山岳地、しかも王国精兵ですら難儀を強いられる魔物が多くウロついている場所で、そう調査に時間をかけずに発見に至る―――運がよかったと言えなくもない。

 けど普通に考えれば、そのコダという狩人かりゅうどが、最初からエルフの潜んでいる場所を知っていたと考えるのが自然だ。

 


「……ちなみにですが、そのコダという方は今はどちらに?」

「アイツでしたら、調査団が帰ってきた翌日に次の村に行くと言って出立致しました。今頃はどこかの村にいるか、その村の近くの山で狩りをしているかでしょうか……」

 ポル村長はいつも通りと言った様子で語る。実際、村々をまわっているというのは本当だろうし、その時も特に怪しいこともなく、これまで通りに村を後にしたんだろう。


「この辺りの山麓やまふもとの村を行き来しているということは、コダさんはこの辺の出身の方ですか?」

「ええ、本人はそう言ってましたね、言葉の癖もこの辺りの者に近いですし。ただ……」

「ただ?」

「具体的にどこの村の出なのかは分からないのです。以前、他の村長と話をする機会があった際に、コダはどこの出身だろうという話になったのですが、誰も知らなかったので……まぁ、村の安全に寄与してくれていますし、狩った獲物の肉を分けてくれたりもしていますから」

 普通、こういった僻地の村はよそ者に対して警戒心が強い。

 僕らはハッキリと高い身分の人間なので、こうして普通に接してくれてるけど、これが出身不明な旅人なら、がっつりと怪しまれる。


 なのにそのコダという人物は聞く限り、かなりこの辺りの村人たちに馴染んでいる様子だ―――正直、かなり怪しい。




「もしかすると彼、カール・ラバイツ村の出身かもしれませんね」

 不意に、ポル村長の隣にいた村人がそう述べた。


「? コダというその狩人は、獣人の方ですか」

「はい、犬系の獣人で相応に年を召していらっしゃるのですが、さすがの嗅覚と聴覚なのでしょうね、あの山に立ち入って魔物を倒し、常に無傷で生還する……彼が怪我を負って帰ってきたところを見た事がありません。よほどの凄腕なんでしょうね」

 いくら腕がたつとはいえ、日頃鍛えている兵士が困難な魔物のいる山で、怪我をしたことがない……ますます怪しさが増す。



 僕とセレナは視線を合わせて頷きあった。



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