第410話 北端を固める怪しい3家です




 1日休息を挟んだ後、僕達はコロック氏のお屋敷を後にし、ルクートヴァーリング北部を目指して移動を開始した。



「ヘカチェリーナ、確か北部の “ 下領 ” は3か所ですよね?」

「うんそう。北のはじっこの方で、ヘンザック家とロイオウ家とマンコック家」

 下領は貴族領内の一部を下流貴族に委任統治させている場所だ。

 主権は変わらず僕にあるけど、ほぼほぼ分譲状態に近いのでその地の権益はそれぞれの貴族が得ている。


 ヘカチェリーナの実家であるウァイラン家も、もともと南端の下領を治める貴族家の一つだから、その3家は同列くらいの家柄らしい。

(※下領については「第54話 透けて見える悪の気配です」あたりも参照)



「だけどママが言うにはー……ほら、ウチだけ名代領主になって、アタシも殿下とねんごろなワケじゃない? なんていうか嫉妬が激しいっぽいんだよね」

 話を聞くと、コロック氏が重篤の病床に就くことになった一因は、その3貴族にもあるようだ。


「嫌がらせ、ですか……みっともないものですね」

 だけど分からないでもない。特に地方貴族の場合、権力といってもたかが知れている。

 しかも下領を治める立場というのは、言うなれば下っ端だ。

 これまで会社のイチ部署の主任同士だった仲間が、いきなり社長代理に抜擢されたりしたら、そりゃあ妬みの一つも抱いちゃうよねっていう。


「(だけど、それで嫌がらせをするっていうのがね……その結果、統治に問題が発生したら、領主の僕が最終的な不利益を受ける事になるのに)」

 王弟の治める領地を預かる一員っていう意識が希薄すぎる。

 場合によっては、簡単に厳罰に処される事になるって想像及ばない時点で、その3家のおかどが知れるというものだ。

 あるいは―――


「単なる恐れ知らずな小物か、はたまた僕や王家に知られようとも、構わないと強気でいられる “ 何か ” でも隠し持っているのか……見ものですね。セレナ、護衛の体制の方は?」



「はい、大丈夫ですわ殿下。少数精鋭を組んでおりますゆえご安心を……いずれも武具なしとて魔物を葬ることのできるほどの者で揃えておりますので」

 さすがセレナは分かっている。


 大々的に護衛の数を多くして動くと、向こうも警戒して尻尾を出さないだろう。だけど数が少なければ油断を誘える。


 兵は数ではなく質が大事とはいえ、やはり人は、目に見えるモノや耳に聞こえるモノから受け取る印象が強くなりがちだ。

 雑兵でも1万いれば、1000の精兵よりも大きな戦力だと思えてしまう。



「クララは相手方の様子を観察していてくださいね。さほどの者がいるとも思えませんが、一応は相手も貴族ですし、あるいはこちらをあざむけられるようなしたたかな者もいるかもしれません」

「ええ、油断は致しません。私にお任せくださいまし、殿下」

 政治面ではクララは本当に頼もしい。

 特に、相手の言葉遣いやちょっとした表情、視線の変化も見逃さない。そこに厳しく躾けられた名家の令嬢としての教養と知識に加え、最近はリジュムアータと中央の要注意貴族について頻繁に意見を交わしたりもしていた。


 彼女の目をすり抜け、真意や腹中の企みの香りを完全に隠しきるのは、よほどの大貴族でも困難だろう。



「エイミーは僕に上手く合わせてください。一緒に上手く、相手の油断を誘いましょう」

「はいなのです、殿下のお役に立てるように頑張るのですよ」

 エイミーは、その愛らしい容姿と雰囲気、そして言動がそのまま武器になる。同じく迫力に欠ける僕が、相手の油断を誘うように取るに足りないショタっこ王子様を演じ、彼女がそれに上手く絡めば、ほとんどの貴族はまず警戒心など抱かないだろう。


 空間の雰囲気を支配する―――それが他貴族に探りを入れる際の、僕とエイミーのタッグが行うべき役割だ。




 そんな万全の体制でもって、僕達は北方3下領へと殴り込んだ。






――――――北方3下領をのぞむ町、ミデュエル。


「結論から申しますと……怪しいのはヘンザック家とロイオウ家でしたわね」

 クララがそれぞれから得たものを自分の中でまとめ、言葉にする。

 確かに僕の目から見ても、その2家は隠し事がある雰囲気があった。


「じゃー、次はその2家の下領をさらに調べる感じ、クララっちー?」

 そう言うヘカチェリーナに、セレナが首を横に振った。


「いいえ、怪しいからこそその2家ではないと断言できる……そうですよね、クララ?」

「ええ、セレナ様の言う通りですわ。まぁ、怪しい何かを隠していらっしゃるそのお二方も、調べなくてはならないのは違いないのですけれど、おそらくは今回、殿下の目的であるエルフ残党との繋がりが一番疑わしいのは」

「なるほど、マンコック家、ですか……」

 クララとセレナがコクリと頷く。それに対して、僕はそれなりに納得いってるけどヘカチェリーナとエイミーは、いま一つ首をかしげ気味だ。


「王国以外の、それも敵対的といえる勢力と繋がりを持ち、しかも相手の手助けをするような行動を取る……それは完全なる背任行為―――王国に対する裏切りです。そんな事をする以上、絶対にバレてはいけないという気が当人たちにはあるはずですからね。つまり、エイミーと僕の “ 取るに足らない者 ” の演技にも気を緩めなかったマンコック家の当主、スベニアム=ヌーマ=マンコック氏が本命である可能性が高い、という事になるんですよ」


 もし、完全に何ら後ろ暗いものを抱えていないのであれば、面会した時にもっとリラックスしたはずだ。

 だけど思い返してみると確かに、マンコック卿は何というか、当たりさわりのない言葉を慎重に選んで会話していたような気がする。


 なるほど、会話の言葉や態度から何かを察せられる事すら憚る態度だった、と見る事ができるものだった。


「はー、なるなる。そーゆーことね、さっすがクララっち。そこまで見抜くとか、ヤバすぎでしょ」

「素晴らしいのです、私なんてお三方の話し方の違いなんて、全然分からなかったのですよー」

 ヘカチェリーナとエイミーに褒められ、軽く照れるクララ。



 だけどなごんでばかりもいられない。怪しきを見つけたからには、その実際のところをこれから暴いていく事を考えなくちゃあね。



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