第390話 潜むはエルフの野望です
―――某所。
「ディーオめ、先走りおって……」
しわがれた老エルフは同志の失敗の報に強い不快感を示した。
「彼には常日頃から焦りが散見されておりました。
謝り、頭を下げる男も口元にシワが寄っている。
彼だけではない。居並ぶ他のエルフ達も老いが分かるものがいずれの顔にも見て取れた。
長命で年をとっても若い姿のままが多いエルフにあって明らかな老齢を感じさせる彼らは、かなりの年齢を重ねた長老衆と呼ばれている。
その中心に座するはかつての祖国フェーレハルテス健在の頃、唯一長老と呼ばれていた存在であり、今は亡き国王の親友にして相談役を務めていた
「お前達のせいではない。……我らが再興の意に焦る若い者は、ディーオに限らずたぎっておる。多少の暴発は致し方ないことぞ」
「しかし、我らの計画が
彼らの目的は非常にシンプルだ。
今は亡き大国たるフェーレハルテス――――――すなわち、エルフの栄光の時代を取り戻すこと。
高らかと掲げるその目的は、甘美な響きを
反面、熱をあげることは危うさも伴う。
目標に向かって計画が進まないとなれば、旗振り役の長老衆の言う事を聞かない者は増えてくるだろう。
「王国の切り取りに失敗した際は上手く辿られずに済んだものの、あちらにも裏切り者どもがついておりますれば、いつ我らの存在と行動が王国側に知られたとておかしくはありませぬ。エルドリウス様、ここはひとつ一気に大きな行動に打って出て内外に示すべきではありませぬか?」
そう提示してきた一人の長老に最長老―――エルドリウスは、静かに目を開いて皆の様子を眺めた。
誰もがそれはいい考えだと肯定的な様子を見せている。エルドリウスは少しだけ悲しくなった。
「(長老衆も随分と
もう、かつての大国フェーレハルテスを知る世代は自分しか残っていないことを、長老とはいえ若く青い彼らを見ながら、しみじみと感じ入る。
皆、逝ってしまった……
昔好きだった近所のお姉ちゃんは、魔物の素で苗床となった末に無惨な姿で遺体が発見された。
村一番の力自慢だったおじさんは、より力のある魔物にひとひねりにされて全身の肉が爆ぜて死んだ。
魔物達との戦いの中で結ばれた妻、そして生まれた我が子は共に戦火に飲まれて炭と化した。
幼馴染の親友は、長きに渡って懸命に我らが大国の指揮を取り、怒りと共に戦い続け―――その果ては、無力であった我が腕の中で血を流して息絶えた。
当初は怒りと憎しみに燃えて皆の仇を討たんと血気盛んであったエルドリウスも、仲間達の無念を晴らす事もエルフの再興を果たす事もできぬままに時が過ぎ去り、気付けば老いさらばえてしまっている。
「(意志を継ぎし者達は頼りなく、己の無力とこの世の無情のなんとも悲しきことなのか)」
嘆かずにはいられない。だが幸いにもまだ終わってもいない。
……そう、終わってはいないのだ。
「皆の者……少し前より黙っていたことがある。水面下にて少しずつ進めておったがゆえ、成果が出るまではと思うておったが先日、吉報がまいった事をワシから話させてもらおう」
「「「!」」」
長老たちが一斉に黙り、最長老に注目する。
「我ら、長らく穴倉暮らしに甘んじておったが
「エルドリウス様、それはつまり……」
長老の一人が、緊張しながらもその具体的なところを早く聞きたいと言わんばかりに軽く身を前へと乗り出す。他の長老たちも思わずツバを飲み込んだ。
「うむ……我らの “ 町 ” を、獲得するに至った」
その一言で長老たちはワッと沸き立つ。
魔物の大軍に祖国を滅ぼされて以降、生き残りのエルフ達は洞窟に隠れ住み続けてきた。
人間に
だが長老の一人がハッとして急に平静に立ち返った。
「! し、しかし最長老様……一体いずこに?? 謀略を駆使したルクートヴァーリングの切り崩しには失敗し、先の王国の王都動乱に便乗しようとした計画も王国が想定よりも崩れなかったがゆえに取りやめました。結果、その事に不満を抱いたディーオが暴発行動に打って出てしまったわけですが……」
王国の土地を切り崩そうとしたのも他に行くところがないからだ。
かつてフェーレハルテスがあった場所は見渡す限り魔物の巣窟と化し、西側には人間の国々がひしめいている。
当然、東側も魔物達の領域であり、今彼らがいるのは王国とその北方を
どこにも新たな拠点を得られる場所などないはず―――だが最長老エルドリウスは、深く静かに一つ呼吸をついてから、彼らにとって驚くべき一言を発した。
「……東方の魔物側と交渉した。内々であったのは言えば皆、必ずや反対するであろうことは目に見えておったでな」
「「「な!?」」」
魔物こそ祖国を滅ぼした、エルフ達にとっての不倶戴天の敵。それと交渉して拠点を得るなどとんでもない話だ。
当然、この長老衆の会合は、ここから荒れに荒れることとなった。
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