第388話 モンスターハウスの中は多様です




『では、ワガハイの方デ捕虜の件は、上に伺イ立てテおク。ご苦労だっタナ、ヘモンド男爵』

「は、ユルゴント様におかれましては、今後ともどうぞ良しなに……」

 そう言いながらヘモンド男爵は魔物達の中継拠点を出る。


 馬車に乗り込み、王都へと何食わぬ顔で帰って行った。





 ……それを見送ったアイリーンは、その馬車の最後尾に隠れ潜んでいた者に、うなずきで “ 後はよろしく ” の意を送る。相手もうなずき返す事で了承の意をアイリーンに返した。


「(さーて、これであっちは抑えてくれる、っと。彼らが旦那さまの命令で来たってことは、王室の秘密警備とかそーゆー人達だよね、たぶん)」

 アイリーンも " 眠ったままの騎士団スリーピングナイツ " の事は知らない。構成員たちも、アイリーンには僕に言われて補助に来た者としか自己紹介していない。

 その正体を深く詮索する必要はない―――アイリーンにとって、何者かではなく何が出来るのかの方が、この場では重要で、それが全てだからだ。

 何よりも、知る必要があれば旦那さまが教えてくれる……アイリーンはそう考える女性だった。




「(ヘモンド男爵の抑えはいいとして……こっちはどーしたものかなぁ……)」

 アイリーンは再び小屋の中を覗く。

 捕虜として縛られたクルシューマ伯爵を受け取ったユルゴントは、面倒だと言わんばかりに深くため息をついていた。


『皆の者、コレをドウすルべきダト思うか?』

 所詮は拠点といっても、秘密の情報伝達ルートの中継ぎ点が1つに過ぎない。そんな場所のトップといっても、言ってしまえばそれこそ潜伏組のコイザンと大差ない立場だ。

 当然、コイザンが処理に困ってあげてきた捕虜についてどうこうする裁量など、この拠点にいる魔物の誰もが持ち合わせていない。



『上にアゲるシかナイでショウヨ。幸イ、ウェルトローエルの件デ、近隣にイる仲間は多ク、捕虜の1匹秘密裏に運ブのは簡単ナはずヨ』

 発言したのは、メスと思われる麻痺毒持ちの魔獣毒蛾の魔物、ヘクセンハーモス。

 下から上まで2m少々はあろうかという毒々しい色の羽に、獣めいた体毛に覆われた本体部分。そして鋭いがオシャレに気遣って手入れしているかのような手足の爪が特徴的だ。


 まともにやりあえば、その麻痺毒のせいでかなり厄介な部類には入るが、その肉体はもろく、簡単に刃が通る。

 なので複数人でかかれば、1人2人が捨て身になれば一般人でも駆逐可能な魔物だ。



『しかシ、ウェルトローエルの件デ、生き残っタ連中は疲弊シてイルゾ。下手に捕虜ヲ預け、ヤらかされ・・・・・テは困るダロウ』

 そう苦言を述べたのは、腕を組んで壁に背を預けている蟷螂の亜人デミ・マンティスだった。

 人と同じ手先を持ちつつも親指以外の4本、その1本1本の背の辺りが不気味に隆起している。鎌はそこに内包していて、戦闘時には4本の鎌の刃を出して戦う魔物だ。


「(……個体としては元々小さい部類だけど……)」

 実際、蟷螂の亜人デミ・マンティスは並みでも1m20cmほどはある。だがこの小屋にはいされているのはギリギリ1mに足りるかどうかという、小さい個体だった。

 その小ささに対してヘンに筋骨隆々かつ、その態勢が何ともミスマッチだ。



『ナラ、次の東からの連絡がクルまデ、この人間をここデ飼うノ? 1ヵ月はアルでしょ……イヤよ、面倒ナのは』

 いかにも人間を嫌ってそうに吐き捨てたのは、悪魔的な翼と尻尾をうごめかせている、悪魔デーモンの女性だった。


 薄く青がかった非現実的な褐色肌に牙の生えた口元。色濃くも艶の無い青黒髪にやる気のなさそうなジト目とその口調―――人間に置き換えたなら、気怠そうな妙齢の女性を連想させる。

 だが、その髪の中から飛び出しているのは、どう頑張っても隠しようのないほど立派で歪み曲がった長く大きな角。


 小屋にいる魔物達の中では一番、人に近い容貌だが、一番人間を毛嫌いしているような雰囲気だ。



『……だっタら、ココで処分しテしまエ。捕虜など最初からイなかっタ、そうシてしまえば面倒はナくなルだろ』

 だがその発言が出た瞬間、他の魔物達は全員ギョッとした。言った魔物も、何だ自分が何かおかしな事を言ったか? と言わんばかりに仲間達を見返す。


 その魔物は長い口と牙をのぞかせ、鋭い眼光を持つ―――


「(狼系だと思ったけど違う、アイツ……ケンタウロス?)」

 驚くことにその魔物は、半身半馬のケンタウロスではなく、半狼半馬な姿をしていた。

 魔物達のやり取りの様子や雰囲気からして、この中継拠点に配置されて日が浅い新参者っぽいようだが、その姿は数多の魔物を倒してきたアイリーンにも驚きをもたらした。


「(……新種? ……だけど何かヘンな感じ……不自然っていうか……)」

 まるで異なる2種類の生き物を無理矢理くっつけたかのような、そんな生物としては完成度が低いような気がするのだ。





 そして、だからこそアイリーンはより慎重になった。打ち合わせではもう、いつ踏み込んで魔物達を蹴散らしてもいい段階―――だが、不明な新種がいるのであれば話は別だ。


 さほどの強さは感じないにしろ、アイリーンは油断しない。さらに彼らの話に耳を傾けつつも、その怪しい新種を観察し、より情報収集につとめた。



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