第387話 捕虜と頂点の引き合わせです




――――――魔物達の中継拠点。


『フム……そうは言ってもナ、ワガハイにも始末して良いものヤラわからン』

 ユルゴントは判断に困るとばかりに縛られたクルシューマ伯爵を見る。

 所詮はこの魔物も下っ端中の下っ端だ。あくまでこのこじんまりとした中継拠点の管理者といったところで、その裁量は限られているのだろう。


 特に、王都潜伏中の魔物達の任務はかなり特殊なケースだ。そこに関わる人間の処分を、おいそれと下して良いわけがない。




「ではユルゴント様、“ あの方 ” ……とやらの下に送るのではどうでしょう?」

『口の利き方に気を付ケロ、ヘモンド男爵。大方、コチラ側のより上位者に取り入ろウと考えテいルのダロウが、 “ あの方 ” はお前如キが近寄れルようナ方デはナイ』

 ユルゴントが明らかに不機嫌になる。それに対してヘモンド男爵は、慌てて謝罪をした。


「(話からして、“ あの方 ” というのが魔物どもの親玉? そしてヘモンドの言い方からして、ヘモンド自身は魔物どもの話から耳にした程度にしか、“ あの方 ” を知らないようだ……)」

 当然と言えば当然。

 ヘモンド男爵は人間だ。本来なら魔物達と相容あいいれるわけがない。


 協力者として用いるに利があるからこその関係―――魔物側でいえば、ヘモンド男爵も下っ端の連絡要員に過ぎない。そんな者が図々しくも親玉と接触を図ろうという下心を持つこと自体、許されない事だろう。

 人間側に置き換えたなら、野の魔物が人間に協力し、その上で “ 国王に合わせろ ” と言うようなもの……下手するとその場で斬り殺されても不思議じゃない。


「(居並ぶ魔物どもも、一様に顔をしかめている……元より空気の読めないところのある男だとは思っていたが、危うい奴だ)」

 顰蹙ひんしゅくをかっているというのに、当のヘモンド男爵は特に変わる事なくヘラヘラとしている。むしろどこか、自分のことを現場幹部の一人くらいに思っていそうな態度だ。


 ……どのみち、ヘモンド男爵の命はこの先、長くはないだろう。



「(ヘモンドの事はいいとして、魔物どもの親玉か……ロクでもない相手なのであろうが……)」

 そこまで辿れたらなら最高の功績だろう。しかしクルシューマ伯爵は軽く首を横に振る。


 たかだか1人の捕虜が、そんな敵のトップにお目通りするところまで連れていかれるはずがない。

 それに、事前の打ち合わせではこうした中継拠点とそこまでの導線を暴くことが、主たる目的だ。副次的に魔物達の会話からより、情報を獲得できれば最上―――欲張ってはいけない。


「(捕虜が敵の親玉に引き合わせられる事があるとしたなら、死も同義であろうしな……)」



  ・

  ・

  ・


 クルシューマ伯爵が中継拠点にて魔物と裏切者に囲まれているその頃、王都では……


『……』『……』

 ゴブリンのコイザンと、彼が着用している鎧の霊呪の鎧カースド・メイルが、揃って汗をダクダクに流しながら沈黙していた。


「ほう、貴様が連絡にあった魔物か。ふむ……ゴブリンにしては人の言葉を話せるほどに賢いとか?」

 皇太后を名乗る彼女に連れられてきたのは、前国王の御前。

 一線を退いた悠々隠居の身とはいえ、明らかに王の覇気を保っている人間の前に連れてこられた事に、2匹は処刑される直前なのかと思わずにはいられなかった。


「……どうした、何かもの申してみよ?」

 黙ったままの彼らに発言を促す。

 その表情は、どちらかといえば知的好奇心の類だ。魔物が喋れるというのであれば見てみたい、といったところだろう。


 しかし、いざ喋れと言われても何を話せと言うのか?

 ただでさえ状況に戸惑い、緊張のピークにある2匹には無理な要請だった。


「あなた~。このコらからすれば、何がどうなっているのか分からない状況ですよぉ? とっても緊張していますから、急に話をしろと言われても……ねぇ~?」

『……へ、ヘイ……』

 さすがに彼女・・に問いかけられては、沈黙のままではいられないと、コイザンはそれだけを何とか発した。


「何か質問をする形にしてみればよいのでは~? その方が、このコ達も答えやすいでしょうし~」

「確かにな。ではゴブリンの……コイザンとかいったか、その方は? 恐らくは既に、我が息子が聞き出しておる事であろうが、お前達にとって敵地とも言えるこの王都に潜伏すること、何者に命じられたのか?」

『! ~~……ぅ、イ、イヤ……ソ、ソレは……上の、方……とシか、言いヨウがナイと言ウカ……』

 コイザン達にとって、すごく答えに困る質問だ。

 既に自分達の頂点に位置する “ あの方 ” については、王弟に知る限りを答えている。

 同じように答えることはできるが、問題は彼女・・がこの場にいることだ。何が逆鱗に触れるかも分からないので、王弟に言ったことをそのまま同じように答えて大丈夫なのか戸惑う。


「……」

 何気なくをよそおって視界におさめて様子を伺うと、皇太后は黙したまま、前王の座る玉座の横に立って、ニコニコと微笑みを浮かべたままだ。怒気や殺気のようなものは感じない。


『(ダ、大丈夫……か?)』


「ふーむ、さすがに自分達の親玉の事は言いづらいということか? では名なども教えてはくれんのかな?」

 そう問われ、コイザンは慌てて釈明した。


『イヤ、そもそもオレ達は下も下ダからヨ……名前とか知らネェんダ。答エられネェからヨ……』

「なるほどのぅ、そういう事であったか。確かに、敵地に潜らせようという者はこういう時の事を考え、情報を持たぬ者を選ぶは当然よな」

 前王が理解を示してくれたようで、コイザンは少し安堵する。

 実際、“ あの方 ” の名前など知らない。知っているのはその背を向けた姿と声だけだ。

 そして、だからこそこの場において、2匹は必要以上に戦慄し、緊張し続けるハメになっていた。




「……」

 ニコニコと微笑ほほえんだままの皇太后。それが逆に恐ろしい。


 何か言ってはならない事を言ってしまったら、その瞬間に殺されそうで、コイザンと霊呪の鎧カースド・メイルはその後も、前王の質問におっかなびっくりしながら、慎重に慎重に答えていった。



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