第383話 新品の鎧は相棒付きです




『ほウ、新たな鎧をくれルのカ?』

 霊呪の鎧カースド・メイルは、目の前に置かれた " 兜 " を見て、そう言った。




「はい、貴方の生態は調べさせてもらいましたよ。憑代よりしろとなる鎧がなければ、短時間で消滅してしまうようですね?」

『ソウダ。我が身のナんト悩マシい部分ダか……ダが、鎧サえアれば、俺は不滅デいらレル』

 何せシンプルなエネルギー生命体だ。

 極端な話、器さえ交換し続けられるのならば、その器がいかに傷つこうが苦痛もない。

 けどその身を入れる器がなくなってしまうと、エネルギーを一か所に留め続けられず、やがて消耗と霧散で消滅してしまう。


 裏を返せば、器となる鎧がずっと交換し続けられるのであれば、半永久的に生きられる魔物でもある。



「その鎧は返して頂きたいので、新しいモノをご用意しました。こちらに移っていただけるのでしたら、命は保障しますよ」

『……』

 縛られたままの霊呪の鎧カースド・メイルは沈黙する―――おそらく考えているんだろう。


 しかし選択肢はないはずだ。エネルギー生命体である彼は、生きることの重みが強い。

 鎧に宿り、その鎧を着用した者を呪い動かすことしかできない彼には、並みの命ある魔物達とは違って、叶えられる生に根差した欲求は皆無。

 その上、こうして動きを封じられてしまえば、自分でどうにか出来る事もない。


 生を失うことの恐怖はこのうえなく強く深い。



『―――イイだろウ。ドのみち敗北シタんダ、死ぬ以外の選択ヲくれルと言うのナら、選ぶシかなイナ』

 すると、霊呪の鎧カースド・メイルは目の前に置かれた “ 兜 ” に向かって移動を始める。

 クルシューマ伯爵の鎧から一部が抜け出し、綱のように伸びて兜に触れると、そのまま流れるように移っていき、やがて完全に中身を失った伯爵の鎧がガシャンと崩れ、パーツ別れして床にバラけた。



『(ソう言えば……ナぜ “ 兜 ” だけナんダ?)』

 憑依できても、霊呪の鎧カースド・メイルのエネルギー量からすれば、かなり窮屈だろう。鎧としての面積が足りない。


 あるいは捕虜としての扱いということかと、霊呪の鎧カースド・メイルが納得しかけると、兜がヒョイっと兵士の一人に持ち上げられた。



「では、他のパーツ部分と接続しましょう」

『???』

 他のパーツがあるなら、最初からフルで用意してくれればいいものをと、不可解に思っていそうな様子の霊呪の鎧カースド・メイル

 すると、ガシャガシャとけたたましい鎧の動く音が室外から聞こえてくる。

 そして―――



 ガチャッ


『オォイ、王子様よゥ。鎧は着心地悪クはネェが……アタマの、兜はネェのカ?』

 アイリーンと一緒に入室してきたのは他でもない、ゴブリンのコイザンだ。

 僕がナイスタイミングと言わんばかりに、霊呪の鎧カースド・メイルの宿った兜を持つ兵士さんを促した。


 兵士さんが僕に承知とばかりに頷き返し―――……ガポッ!


 コイザンの頭に、兜をかぶせた。


『オオ!? ナンダ、ちゃんとアルのか、ピッタリだゼ』

 コイザンの全身を覆い隠せる小柄なフルプレートメイル。兜を被れば、ゴブリンとは分からない。


 そして、兜が装着された事で、コイザンの纏っていた鎧全身に霊呪の鎧カースド・メイルのエネルギーが広がり、しみるように宿った。



『ムゥ……マサか、お前の鎧ダとはナ』

『エ? ソの声……霊呪の鎧カースド・メイルか、モシかシテ!?』

 お互いを認識した途端、一体化した2匹の魔物がギャイギャイと騒がしくなった。



  ・


  ・


  ・


「まさかまさかですよー、急にあのゴブリンに新品の鎧を手配して着せるなんて、何をするのか不思議に思ってたら……」

 アイリーンは、ジェスチャー混じりに本当に驚きですと、言葉と身体の動きで示す。


「あの二匹は相棒バディだったようですからね。ならこうすればしっくりと収まりが良いと思いまして」

 それに苦笑しながら僕は答え、そして続けた。


「コイザンに鎧を与え、見た目に魔物と分からなくすれば、堂々と移動させられますし、霊呪の鎧カースド・メイルの方も一緒に処理できますからね」

「でもでも、魔物に鎧を与えて何かあったら……たとえば逃げられたりした時とか」

 アイリーンの危惧はもっともだけど、僕はそこまで問題には思わない。



「コイザンは、そんなに脅威的な魔物でしょうか? 僕はせいぜい、そこらの山賊や軽犯罪者なんかと大差ないと思っているのですが」

「あ」

 そう、魔物という意識が強いせいで、ついそのフィルターを掛けて見ちゃうけど、シンプルに人間も含めた強さでいったら、そこらの軽犯罪者と同レベルでしかない。


 しかも鎧を着用しているといっても、それだけの事。鎧そのものもフルプレートメイルとはいえ、そんな強固なものでもない。


 さらに言えば、既にコイザンからは聞き出せる情報は全部聞き出したので、ゴブリン一匹に逃げられたところで、まったく問題はない。

 世の中にチンケな賊が1匹放たれるのとさほど変わらないんだ。


「―――付け加えるなら、それで魔物達…… “ あの方 ” とやらの元に逃げ帰ってくれるのなら上々でしょう。コイザンには今後、常に見張りが付きますから」

 仲間たる魔物達のところに逃げ帰るのなら、それはそれで良しなのだ。こちらはさらに魔物側の情報を得られる。




 もっとも、コイザン自身はペラペラと知ってる事をしゃべった見返りとして鎧を貰ったと、単純に喜んでいるので、今の所は脱走しようという意志は見受けられないけど。


「じゃあ、逃げ出さなかったら、あのゴブリンと霊呪の鎧カースド・メイルは、どうするんですか?」

 アイリーンの質問に、僕は軽く微笑む。

 ある意味、魔物でありながら手元における存在は貴重だ。しかも “ ケルウェージ ” のように “ 声刻 ” など特別な技術を用いずに手懐てなずけられるなら儲けもの。

(※「第126話 ハーフ・ヴァンピールの物語です」や、第二編あたりを参照)



「コイザンには、何かと利用させてもらおうかと思っています、何かと……ね」


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