第384話 貴族の誇りを捨てた囮作戦です
「殿下におかれましては、この度のこと、誠に申し訳なく……」
助かったと理解した瞬間、クルシューマ伯爵は気力も体力も魂すらも抜けたかのように床に腰を落とした。
けど少し時間が経過し、回復してくるや否や僕のところに飛んできて、深く深く
「伯爵の置かれていた立場と状況は、ご自身ではどうにもできないモノでした……どうか、頭をお上げください」
貴族というのは、基本的に王族に忠誠を誓っているからこそ、その身分や富貴を許されている。それは裏を返せば、王族に仕えるという義務を有している者ということ。
なので、本来は王族と、ひいてはこの王国のために働かなければならない者であり、自分達こそが助けとなるべき存在だ―――なのに、その王族に助けてもらった、というのはこの上ない恥であり、情けないことに値する。
「(このままだと、クルシューマ伯爵の今後が危ういかもしれない……)」
伯爵自身も、魔物に脅迫され、彼らを王都に潜伏および活動を許した事を罪に感じている。致し方なかったとはいえ、その責は負わねばならないと考えていることだろう。
……正直、僕としてはこういう苦難を経験した貴族こそ、生き残って欲しい。生まれながらにして何の苦もなく、人生イージーモードで甘やかされてきたエセ貴族より、遥かに役に立つし信頼もおける。
だけど伯爵の様相からは、己の罪の償いにこのまま貴族位を返上して庶民に降ろうとすら考えてる風に思えた。
「……伯爵、事はまだ終わってはいません。伯爵には一つ、お願い……といいますか、働いてもらいた事があります」
「? このような情けない私めに、いかほどの働きができましょうか……」
うん、完全に自虐的になっちゃってるよ。やっぱり放っておくわけにはいかないな、コレは。
「魔物達の、外部の連絡係に接触を試みます。その際に貴方には自ら、敵地に飛び込んで頂きたいのです。どういう事かと言いますと―――」
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クルシューマ伯爵に手柄を立てさせる。それも危険性の高い内容でだ。
そうする事で、伯爵は危険な仕事をその身を呈してやり遂げた―――貢献した、と言うことができる。
「……なるほど、それでこのような作戦なのですね?」
合流したセレナが、僕達と一緒に物影から現場の様子を見ながら、作戦内容に理解を示した。
「はい、こちらが用意した筋書き通りに進めば、クルシューマ伯爵は敵に連れていかれることでしょう、そこからが本番です」
僕の立てた作戦はこうだ。
―― ゴブリンのコイザン達、潜伏中の魔物らとの定期連絡に、外部からやってくる相手に接触。
―― 接触するのは連絡係だった魔物を
―― そして縄でくくられているクルシューマ伯爵。
―― 連絡役がやってきた相手に手紙を渡す。手紙は2通で、1通はコイザンに書かせたそれっぽい定期報告と、もう1通は上にクルシューマ伯爵の処分をお願いするという旨を記したもの。
―― クルシューマ伯爵は、脅しにも省みずに抵抗した。とはいえ、自分達の裁量で殺してもいいのか迷ったので、上に預ける……という形。
―― クルシューマ伯爵が連れていかれた先、おそらく即座に東の果てまで行くということはないだろう。途中に挟む連絡係や拠点を明らかにすると同時に、乗り込んで潰す。
「(潜入していた連中だけじゃなく、敵の
なお、アイリーンはこの場にはいない。
別のところで<アインヘリアル>を動かす事に専念している。
第一段階が上手くいったら<アインヘリアル>を消し、戦力を率いて連れていかれるクルシューマ伯爵を追いかける、という算段だ。
「ちなみ殿下……あの魔物は?」
「魔術です。古い魔術をぶっつけ本番で試してもらいましたが、上手く行きましたね」
アイリーンの<アインヘリアル>はまだ秘密なので、セレナにしれっと嘘をつく僕。
でも実際、そういう魔法・魔術があってもおかしくないよね? 今度、そういったものが存在していなかったか、書物を探してみよう。
「! ……来ましたね」
僕が言葉を切って、現場の方に視線を向ける。セレナと、近くにいる兵士さん達も現場に注視しはじめた。
場所は外壁を出てすぐの、明らかにそこだけ整え忘れたかのような雑木林の近く。怪しい影が、<アインヘリアル・
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「……これはこれは、一体どういう状況なのでしょうかね?」
近づいてきたのは……人間!
カモフラージュのためか、みすぼらしい恰好をしてはいるが見覚えのある顔だ。
「(ヘモンド男爵―――)―――ふー、ぅっ、ふんぐー!!」
殿下の指示で、もし接触してきたのが魔物なら怯えるような演技を。しかし人間であったら裏切者に対するような態度を取る事になっている。
しかし私は、意識せずとも怒りを覚える態度を取ることができた。
「おお、怖い怖い。クルシューマ伯爵、そう怒らないでくれたまえよ。私とて人類を裏切るような真似は心苦しいがね……家のため、我が身の栄達のためならば、より強い方になびくのは当然と言えよう?」
ヘモンド男爵は、日頃からへりくだったような態度を取る、いやらしい方の貴族だ。
しかし王家に忠誠を誓っている側であると信じていた相手であり、親戚筋の子同士の縁談も結んでいる、いわば遠縁の親戚―――
「! ……ふぐぐっ、むぐーっ!!」
「気付いたか? そう、魔物を伯爵の所に居候させるよう最初に手引きしたのは私さ。ハハハ、異形のモノとの共同生活はなかなか楽しかったろう?」
ある程度のやり取りを経て、危険はないと判断したのかヘモンド男爵が距離を縮めてくる。
そして―――
『ギ』
短く声を発した魔物(殿下が用意した魔術で
その場で中身を
「……ふむ、なるほど? 無謀にも抵抗を試みたと……意外と気骨がおありだったようで。しかし、その結果が返り討ちの末に捕縛されて……何ともみじめな姿になってまぁ、フフフ」
男爵位である彼からすれば、上位にあたる伯爵の自分が捕虜の姿をさらしているのは、さぞ愉快なのだろう。
私は身動きも取れず口もきけないながら、目だけはしかとヘモンド男爵を睨んだ。
「おお、怖い怖い。……とりあえず状況は分かりました。では彼の身柄はこちらで預かり、手紙と共に届けると致しましょう。……フフフ、どのような処分が下るのでしょうね―――おっと、忘れるところだった。こちらが、向こうからの手紙です。間違いなくキミの上司にお届けしてくださいよ」
『ギ』
ヘモンド男爵が、手紙と私を受け取るのと交換に、自分が持ってきた手紙を魔物に渡す。
殿下の作戦通り、まずは第一段階完了だ。
「さぁ行くとしましょうか? キリキリと歩いてくださいよぉ、ハッハッハッ」
手紙を渡した魔物が、キチンと外壁の抜け道を通って王都へ帰っていく様子を見届けてから、ヘモンド男爵もまた、王都とは逆方向へと歩き出し、私はこの身を拘束しているロープの端を
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