第369話 脅威的な敵は回収されてしまいます



 ドルシモンの様相―――怒り散らす姿は恐ろしい。

 それは強そうだという意味ではなく、驚愕という意味でだ。


「(あんな姿になってもまだっ!!)」

 片脚で平然と立つ姿。

 血か体液か分からない液体を噴いている、どう見ても致命傷だろうとしか思えないような、アイリーンに受けた深手だらけのカラダ。

 人とは違う、まぶたのない円形の目も、血走ってはいるものの一定の冷静さを感じさせる。


 ……正しく怪物! もはや魔物とか怪人という呼び方も生ぬるく感じてしまうほどの、異常な生命体の姿がそこにあった。




「……」

 アイリーンは油断なく、ジリジリとドルシモンとの位置関係を合わせていく。構えた剣は、警邏軍人に変装している事もあって官製量産のショートソード。

 この敵相手には心もとないが、今は仕方ない。


 場合によっては護衛メイドさんが常時隠し持っている剣を予備にできるよう、僕が目配せで合図をすると、護衛メイドさん達は全員がコクリと頷き、胸や脚、二の腕や背中などなど、それぞれが剣を隠している場所を、確かめるように軽く手で押さえていた。


「(確かメイドさん達に支給されてる剣って、細手だけどそれなりの長さがあったような……二の腕位置とか、どうやって納めてるんだろ?)」

 そんなこと考えてる場合じゃないのに、考えてしまうのは、それだけ今の僕にはもう他に出来ることはないって事の証だ。


 せいぜいクララを守る、と言いたいとこだけど、この場合は逆。クララが僕を守る立場にある。

 むしろ王弟である僕が、第三妃を身をとして護るのはおかしい話になるわけで……実際、僕の前には震えながらもクララが他の護衛メイドさんと一緒に壁になって立っている。



 あとは、敵を観察するくらいの事しか―――と、ふとある事が気になった。


「(? そういえばアイリーンの剣……)」

 溶けていない・・・・・・


 何度もドルシモンの身体深くに突き刺し、斬り通ったはずの刃。

 だけど、大量の溶解液を体内から・・・・・・・・放出する魔物の身を通したにしては、名剣でもなんでもない量産品な剣がキレイ過ぎる。


「! アイリーンっ、“ 飛んでくるもの ” にだけ・・、注意してください!!」

「! なるほどっ、さすが旦那さまですっ!!」

 こういう時のお嫁さんアイリーンは、本当に察しがいい。僕の視線が自分の剣に向いていることに気付いたのもあるんだろうけど、だからって一瞬で僕の言葉の意味を理解して、慎重姿勢からすぐ攻めに転じるなんて、なかなかできる事じゃない。


 アイリーンが慎重にドルシモンを伺っていたのは、あの溶解液を警戒してのことだ。

 着弾した床が一瞬で穴をあけたことから、おそらく僅かでも触れれば即ドロリ。それは凄く脅威的なことだ。

 だけどそんなに強力すぎる溶解力があるのなら、ドルシモン自身も溶けてしまう。だけどそうはなっていない。つまり―――


「(奴の溶解液は、最低でも体内にあるうちは一切の溶解力がない。そして―――)」

『ちイッ!!』

 やっぱり。一瞬の隙がある。


 僕の読みが正しいのなら、おそらくあの溶解液はドルシモンの体内で無害な2種類ないし、もっと複数の液体として存在している。だけどこれを吐き出す際に、混合させることで強い溶解力を持った液体へと変えた上で出せるんだ。


「(化学変化……このテの仕組みは、混ぜるな危険な物を扱うフィーリングを感じるけど……)」

 生物でそんな機構を備えたモノがいるというのが驚きだ。

 僕がそんな事を考えていると―――



 ザシッ!!


『ゴハッ!!!』

 アイリーンの剣がさらに1撃、ドルシモンの身体へと食い込んでいた。


 もはやボロボロになっているにもかかわらず、ようやく少しグラついただけで、まだまだ元気だと言わんばかりにアイリーンを睨み返す。


「本当にしつこいっ」

 敵のタフさに、アイリーンも吐き捨てるように叫んだ。


『ぐ、ぐ……ゥ、クソ、クソ、が……ァァアッ、我ヲ、こんナ目に遭わせテ……たダで済むト思うナヨ、ニンゲンゥウンンンッ!!!』

 激昂するドルシモンだが、どうやら溶解液は弾切れらしく、吐き出そうとする素振りこそしても何もでない。

 人とはまったく異なる顔だが、その歪みようから悔しさがよく伝わってきた。


「タダで済むも何も、あなたはここまでですよ、せぇええっ!!!」


 ドシュッ……ィインッ!!!


『ッ!!』

 右肩に食い込んだショートソードを、そのまま90度捻っての横に一閃。

 ドルシモンは胸部から上―――首元から頭までの部分と、それ以外の部分がキレイに切り分けられてしまった。


『ぎゃァアアアアアアアーーーーーッッ!!!!』

 凄まじい絶叫がこだまするが、それでもなおドルシモンは生きている。実質頭だけになってしまったというのに、とんでもない生命力だ。


 だけどこうなったらさすがにもう……



 安堵しかけたその時、僕の背筋に何かゾクッとする嫌な感じが走った。


「アイリーン! 早くトドメを!!!」

「はいっ、旦那さま!!」

 この時しくじった、と思ったのは数秒後だ。僕が声をかけなかったら、あと数舜早く、アイリーンの剣はドルシモンの頭部に突き立っていた。


 ガキンッ


「!!」

『……フウ、間一髪か。遅いと思って探しに来てみれば……何をやっている』

『ボザンシゲラ!!』

 アイリーンの剣を、右手だけにある2本のハサミで止めた新手。どうやら玄関から入ってきたようだけど、その間にいたメイドさんや獣人さん達も、いつ自分の傍を通りぬけたのか気付かなかったとすごく驚いている。


『……だが、無理もないか。これほどのやり手が人間の中にまだいるとは……ドルシモン1人では手に余るのも当然だな』

「……っ、くっ!」


 バキャァッ!!


 金属を破砕するような音と共に、魔物達とアイリーンが離れる。見るとボザンシゲラと呼ばれた魔物は、右脇にドルシモンの頭部を抱え、左手のハサミが砕けていた。


『ほう……我がハサミを砕くか……しかもそんなナマクラで。先ほどの完璧な奇襲に対応した事といい―――どうやら格上だな』

 パッと見の容姿は、全身真っ黒でアリっぽいコスチュームを纏った筋肉ムキムキ男って感じだ。

 左手だけが大きなハサミ状になっているけど、右手は普通に人のソレだった。


 だけど、僕が何より脅威に感じたのは、その口調。一切のよどみも歪みもない、完璧な人の声と話し方―――それも高い知性を思わせる。


『ここは退かせてもらう。この愚か者が邪魔をした詫びは、また後日としよう』

「……逃がすと思いますか?」

 アイリーンが、ボザンシゲラに斬りかかろうとする態勢を取る。だけど―――


『……』

 言葉をかわすことなく無言。そして直後、その身が後方にブレる。




「! 逃がさないっ」

 高速の瞬発力。だけど僕の目でもその動きの予兆が分かったくらいだ、少なくともあのバモンドウよりかは遅い。アイリーンなら余裕で捉える。


『……フッ!!』

 だけどボザンシゲラは、離宮の外までもう1歩バックステップを踏めば出られるというところで、短く強く息を一つ吐いた、かと思えば―――



「!!」

 揺らぎ、アイリーンの振るった刃は半透明になったその身体をすり抜けた。


『恐ろしい。あとコンマ1秒遅ければ斬られていた……』

 そう言い残して、ボザンシゲラはまるで幻であったかのように完全に消え去った。 



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