第368話 ドロドロにするしぶとい強敵です




 急な来訪者、ドルシモン―――彼に対抗するためには今、玄関口に迫ってきているアイリーンが十全に戦えることが必要。



「(アイリーンなら、ワンステップで距離を詰められるだろうけど……)」

 現状だと、護衛メイドさん達と獣人さん達が、奴を適度な距離を取って囲んだ状態にあるから、アイリーンが突っ込んできたとしても巻き込まれる心配はない。


 だけど場所が悪い。僕達がくつろいでいた離宮の中は、椅子やテーブルをはじめ、戦闘の邪魔になるモノが多い。


 玄関から直接これる応接間なだけに、それなりに広いのはいいけど、それでも相応に強い者同士がやり合う場としては狭いバトルフィールドだ。


『……、まァ、そちら側の立場上、我を見逃す事は出来ないダろうナ。それは理解すル。ダが、それデも大人しク、帰しテもらうのガ利口な判断ダト言わせテもらうヨ』

「(!? ……向こうも慎重姿勢? 基本的にこっちとは一戦交えたくない……)」

 だったらこのまま帰ってもらうのが、こちらとしては一番安全だ。


 しかし、そうするとドルシモンはこの離宮から飛び出して何処かへと消えていく。その異形の姿を王都の人々に見られる可能性は高い。

 そうなった場合、” 王弟陛下の離宮から魔物が飛び出した ” なんて話になりかねない危険がある。



「そうしたいのはこちらも山々です……ふぅ……―――」

 僕は片手をあげ、指の第二間接から先を曲げたり伸ばしたりを繰り返した。それを見て、メイドさん達は臨戦態勢を解いて、さらにドルシモンから距離を取るように後ろにさがる。


『賢明ダ、王弟殿下ドノ。デは我はこれデ失礼す―――グッぉ!?』




 ドンッ!!


 赤いロングテールの髪をまるで尻尾のようになびかせながら宙を飛来する頼もしい女性―――玄関の方へと振り返りかけたドルシモンめがけて着弾する。


 強い衝撃と刃が魔物の身体を痛めつけ、床へと叩きつけた。


「お帰りはこちらですっ、貴方の行先は地獄ですよっ!!」

『グ………ギ、さマ゛ッ』

 痛みに歪んだ顔で、アイリーンを睨み返すドルシモン。


 だがその身体には、既に致命的とも言えるほどの深手が入っていた。


「僕は “ どうぞお帰りください ” とは言っていません、アイリーンを招き入れたまでです、ドルシモン!」

 あのジェスチャーは、僕が考案したものだ。


 もし僕達が敵に遭遇した状況でアイリーンが駆けつけたら、という想定の1つとして、駆け付けたアイリーンが奇襲できる状況にあった場合―――親指を除く指4本の先を曲げ伸ばしする事は “ 手招き ” で、向けられている方向にいる人物への意だ。しかし親指が外側に伸ばされている場合は、“ 周囲の者 ” は距離を取るようにという命令を意味する。


 ちなみに親指が内側なら、周囲の者も距離を詰める、だ。



『グウウォオオ……ッ、クッグッ!! ……なぜダッ、我の力が人間に劣ルなどォォ!!』

 ドルシモンは押さえつけられたまま、身動きできず悔しがる。

 アイリーンが見た目通りの力の持ち主と判断している限り、その謎は解けないだろう。


「アイリーン、刺せるならトドメを!!」

「! 殿下!?」

 僕の指示に驚いたのはクララだ。こういった場合、敵の情報を得るため、適度に痛めつけて生け捕りにすると判断すべきところ。


 だけど、それは人間や遥かに弱い魔物が相手の場合に限る―――何せ、ドルシモンに対抗できるこちら側の人間がアイリーンしかいないのだ。倒せる時に倒しきってしまう方がいい。情報に欲をかくと、死人が出る。


「わっかりました、旦那さまっ!」


 ザクンッ!!


『ギュアアアアアッ!!! ぐ、ぐっォオぉオォォオッ!!!』

 更に剣を突き立てるアイリーン。


 ドルシモンはさすが普通の魔物とは違うとばかりに、致命的に思えるその突き刺しを受けても、なお強い生命力を見せて粘っている。

 傷口からビチュビチュと色の悪い緑の体液が噴き出しているのが気持ち悪い。


「しぶ、といっ!!」


 ザンッ!!


『ヌグアアッ!! 我の、腕と足ヲぉおォオオッ!!?』

 さすがアイリーン。万が一を考え、ドルシモンの左腕と左脚を一息に切断した。

 仮に束縛を解いても、戦うどころか満足に動く事も出来ないだろう。


「さっさと死―――……っ!? くぅっ!!!」

 今度こそトドメとばかりに、その顔面に剣を突きたてようとした。が、アイリーンの剣がドルシモンに刺さることはなかった。


 ドバァッ……ジュウウウッ!!


 あふれ出した体液が、想像以上の量でアイリーンに浴びせかかろうとしたのだ。

 それだけならまだ、これまでも返り血的に受けているので、大したことじゃない。だけどアイリーンは鋭く察していた。その体液の下に隠すように、強力な溶解液を放っていたことを。


『フー、フー……よくかわしたナ。ハーァ、ハーァ……浴びテいれば今頃は、その綺麗な顔も体も、ドロドロになっテいたものヲ……』

 ようやく束縛が解かれ、器用に片脚で立ち上がるドルシモン。


 息も絶え絶えながら、まだまだ余力はありそうだった。




「……その溶かす液体で、死体の内側を適度に溶解し、自分の入るスペースを作る、というわけですか」

『そのトおりダ、本来はナ。……ハァー、ハーァ、ハー……ダガ、こうなっテは仕方ナイ。貴様ら全員、溶かしテ殺ス!!』



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