第367話 一触即発の対話です



『さテ……お初にお目にカカる、王弟殿下ドノ。我はドルシモンと言う、以後、良しなに頼ム』

 いやに丁寧な態度でそう名乗りながらお辞儀をする怪物―――ドルシモン。

 その名前や態度から感じられるフィーリングは、僕にある者を連想させた。




「もしや、バモンドウの仲間ですか……?」

『おヤ、奴ヲご存知デすか? ソレは話が早くテ助かル』

 ドルシモンは、これは驚いたと仰々しくジェスチャーを取った。


「……以前、たまたま遭遇しただけでしたので、ご存知と言われるほど知っているわけではありませんが、やはり彼と同じ一味ですか」

 話ながら、僕は油断なく身構える。メイドさん達に指示を出す事もしない。

 いかに護衛としての実力を修めているとはいえ、あのバモンドウの仲間なら、おそらくメイドさん達が束になってかかっても相手にならない。


 獣人さん達も同様だ。下手にかかったら死ぬだけだろう。




「(何より……)」

 このドルシモン。状況から考えてどうやら人の身に入り込み、自在に行動が出来る魔物だ。


 この場にいる誰かが殺され、寄生された上で逃げられでもしたら厄介極まりない。ドルシモンの後ろで無惨な死様を晒している名も知らない女性のような末路を、この場にいる誰かに辿らせるだなんて……


「(……そんなの許せるわけない)」

 なのでここは、とにかく穏便に事を進める。時間をかければ、アイリーンかセレナが戻って来るだろう―――いや、アイリーン辺りはもう何か異変をかぎ取って、こっちに走ってきてるかもしれない。



「……わざわざ人間の体をまとい、この場に入り込もうとした理由を聞かせてはもらえないのでしょうね?」

 至極穏当に、口調を考えながら言葉を投げかける。……正直、見た目からは話が通じる相手にはとても見えない。


 全体はセミの抜け殻のような、成虫になる前の姿を想起させる容貌。

 鎧の金属パッドのような形状の肩―――その先から棒のような長い腕が伸び、手はボクシンググローブのような形をしている。

 一見、両腕をダラリと下げて脱力しているように見えるけど、そうではなくて、手が地面の上に寝転がるほど腕が長いんだ。


 そして脚も同じように股の付け根から棒のような細い太ももが伸びて、足先が大きくしっかりと土台を踏みしめる台形になっている。


 全体的に小さく細手だ。小柄な人間の女性の肉体を纏って擬態していたくらいだから、魔物の中でもかなり小型に部類される方だろう。



 ……にも関わらず、存在感がすごい。確実に見た目からは想像できないような強さを秘めている。



『なに、そこまデ大きな理由デはナイ。“ あの方 ” は王弟殿下どのヲよく気にしテおられルのデな、ドのヨウな人間なのカ……丁度近くにいテ、時間があっタのデ、見テおきタクなっタ―――あァ、その娘は心配シなくテいイ。元より死人デな、処分されるトころヲ、ガワだけ我が貰イ受けタだけのコトだ』

 死んだ理由はお前達にあるんじゃないのか! と叫びたくなる。


 淡々と答えるその態度は、いかにも人間の1匹や2匹死んだところでどうというものではない、と言わんばかりだ。


「(鼻につく態度、ってよく言ったもんだなぁ。どんどん怒りがこみ上げてくる)」

 そしてまた腹がたつのは、その怒りをぶつけることが出来ないという事実だ。

 この場にいる全員でまともに戦ったところで、勝てないのが分かりきっているから。


「それで、少しは僕のことは分かってもらえましたか?」

 怒りをぐっと抑え、表に出さないようにしながら言葉を投げかける。

 絶対に間違えるわけにはいかない。

 少しでも間違えたら、一触即発で戦闘になってしまう。


『あア。もう少シ、観察しテみタかっタがなるほド……タシかに “ あの方 ” が気にかけルのも分かル。王弟殿下ドノは、他の人間と少し雰囲気が違うナ』

 捉えようによっては、フレンドリーにも思える言葉遣い。


 もしこれが、凄惨な女性死体を伴わない場であったなら、ドルシモンの全身に血や体液や肉片が付着していなかったら……この態度と言葉遣いに騙されて、今よりも気を緩めてしまっていたかもしれない。



「(あの方、か……やっぱり魔物達を束ねる存在がいるのはハッキリした。あとは……)」 

 こういうやり取りで重要なのは、欲と引き際のバランスだ。


 もっと情報を引き出したい欲求は、過ぎれば致命的なミスを犯し、相手に情報を引き出されている事や時間稼ぎの意図なんかを悟られてしまう。


 一方でさっさと引いて状況を次のフェイズに移行しても、自分達が不利なままじゃ最悪の状況に陥ってしまう。




 さて、どうしたものかと僕がごく僅かに考えていると……玄関の僅かな隙間の先の外の景色―――この離宮の敷地の外と思われる距離に赤い髪を揺らす影がいるのが見えた。


「! ……ではこの後、どうするおつもりですか、あなたは? 普通に考えましたならば立場上、僕達としましてはこのまま “ どうぞお帰りください ” と言うわけにはいかないのですが?」

 気持ち、やや声を張る。

 到着したばかりで状況が把握しきれていない赤髪の持ち主に届くように。


 まだ今は慎重姿勢であること、そして場合によっては戦闘になると言う事を含意に含めた。

 目の前のドルシモンにではなく、この世で一番頼もしい僕のお嫁さんアイリーンに向けたその言葉は、どうやら届いたらしい。




 離宮前の道に、高速で駆けてきた故だろう減速ブレーキの証たる砂煙が立ってるのを背景に、アイリーンは玄関口を固めてる獣人さんにすら気付かせないよう気配を消しながら、静かに近づいてきていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る