第370話 TS遺体の怪です




――――――ドルシモンの到来とボザンシゲラの撤収から1時間後。


「フム……ナるほド。それで私をお呼びになっタのですネ」

 離宮の応接室に残ったドルシモンの体。

 その中には、あの溶解液の元となった液体が残っているはず。なので僕は、すぐさま兄上様達宛てに連絡を取り、ヴァウザーさんを派遣してもらった。

 まだ彼の事は公にはされていないので、離宮まで来てもらうのには一定の配慮がいるし。




「はい。僕の予想通りでしたら、下手にドルシモンの肉体に接触するのは危険ですし、何よりあの液体の正体をハッキリとさせておいた方が今後のためにもなります。そして、ドルシモンは非常に高度な……おそらく敵側のトップクラスの魔物の1人のはずなので、その身体は分析すべきです」

 ここで言う敵とはつまり、この王国の東にいる魔物の軍勢だ。ドルシモンがどの程度の地位にあるのかは不明だが、あのバモンドウらと同列と見て間違いない。


 だとしたら、その皮膚の固さだけでも分かれば、どの程度の攻撃が通用するのかとか今後、連中と渡り合う上で色々と参考になる。


 そう考えるとアイリーンがドルシモンの頭部と身体を切り離したのは、かなりのお手柄だ。

 もしここから、バモンドウ達にも通じる弱点のような情報が得られでもしたら、最高なんだけど。



「それと、……あの女性の遺体につきましても、調べて頂きたいのです」

 ドルシモンが寄生していた死体。

 奴の言葉が正しいとしたら、ドルシモンが寄生する前には既に死んでいた事になる。

 寄生した状態でどれだけ活動していたかは不明だが通常、生き物が死ぬと硬直や腐敗が始まるので、遺体はどんどん劣化していくはずだ。少なくとも微生物による分解……いわゆる腐っていくので、その過程で生じる腐臭がたつ。


 死んですぐならともかく、ドルシモンが寄生したまま行動していた事を考えると、あの遺体もただの遺体とは思えない。

 現にドルシモンが寄生を解いて分離してから、もう1時間以上の時間が経過しているというのに腐臭がまったくしないんだ。



「……ナンと、凄惨な……。…………」

 ヴァウザーさんは女性の遺体の前にしゃがみ、軽く祈るような所作を取ってしばし黙とうをささげる。

 僕もつられるようにして目を閉じ、軽く頭を垂れると、ヴァウザーさんと一緒に王城から来た王の兄上様直下の兵士さん達も慌てて兜を取り、黙とうをささげた。


「では、失礼ヲ……―――コレハ」

 女性の遺体を検分しようとしてすぐ、ヴァウザーさんは何かに気付いたようで、そのハーフ・ヴァンピールとしてのいかつい顔に、さらに迫力を持たせるような驚きの表情を浮かべた。


「どうか致しましたか、ヴァウザーさん?」

「殿下……、殿下は生物にはすべからク、生き物とシテの “ 設計図 ” ガ内包されテいルと言われテ、信じられマスか?」

「!」

 僕はすぐにピンと来た。

 けど周りの兵士さん達は首をかしげてる。設計図という言葉は、工務における建設用語という認識が強いせいだろう。

 もちろんその認識通りの意味でヴァウザーさんが “ 設計図 ” という単語を持ち出したわけじゃない。僕達にも出来るかぎり分かりやすいようにと選択したたとえの言葉―――すなわち、“ 遺伝子 ” のことだ。


「……何となく、は言わんとする事は分かります。……そうですね、両親の血を受け継いだ子供が、親の特徴を持つのは何故か、その答えが “ 生き物の設計図 ” という感じの理解であっているでしょうか?」

 僕はさらに、兵士さん達にも理解できそうな風にかみ砕いて言葉にし、ヴァウザーさんに答え合わせを求めた。


「はイ、おおむねソノようナご理解でアっていマス。私は、全テではアリまセンが、かつテ住んでイた村デ、人々の治療を行っテいた時、その助けトすべク、ある程度ハ、その “ 設計図 ” を読み取れルよう学びましタ」

 するとヴァウザーさんの手の平がほんのりと淡く輝いて、遺体の一部に触れるかどうかのギリギリまで近づいた。


 特に変化はない。けど多分、あれは遺伝子情報を読み取る魔法か、あるいは魔力を用いた応用技術だと、僕は推測する。


「それは凄いことですが……それでは、その女性のご遺体の……その “ 設計図 ” に何か異常があったと??」

「……信じられナイかもしれまセンが、落ち着いテ聞いていたダきたイ。この女性の “ 設計図 ” にハ、……元は男性・・・・デあっタ痕跡ガ見受けらレるのデス」

「!?」

 僕も驚いたけど、当然兵士さん達もざわめきだす。


 そんなバカな、誰もがそう思う話―――だけど他ならないヴァウザーさんの見立ては、おそらく今この王国にいるどんな知者よりもその見解には信憑性がつく。魔人の父を持つ半魔人の彼は、そこらの人間の数段上の知識と知能を有しているからだ。



 だけど、それはあまりに衝撃的すぎる事実だ。


 雌雄同体―――生態的にオスメスが変わる生き物は確かにいるけれど、それはそういう生態の身体をしているという前提がある。残念ながら人間の身体と生態はそうはなっていない。


「(TS……つまりトランスセクシュアル性転換は創作話じゃよくある設定だけど、実際には不可能なことだ。何千万個という細胞の染色体が男と女じゃまったく違う。その全てを変換するなんてことは―――)―――ッ、ヴァウザーさん……もしかしますと、その “ 設計図 ” には男と女を決定的に分ける情報があって、その大部分が女性ではあるけれど、一部に男性を示すものが残っていたとか、そういう事でしょうか??」


 僕は、いかにも何も知らない者が頑張って理解したような感じで述べてみる。するとヴァウザーさんは少し驚きながらも、コクリと頷いた。


「素晴らしイ……さすガは殿下、ソノ通りデござイマス。この者の肉体ヲ構成すル生物とシての “ 設計図 ” におイテ、決定的に女性ヲ示す部分が一部、後天的に変質シタようナ跡が見らレ、その近クに関連すル部分にハ、決定的に男性ヲ示す部分ガ僅かに残っテいタのデス」


 ホルモンの摂取・投与などで、肉体を異性の特徴に近づけるような事は出来ても、根本的な遺伝子レベルの話で性転換する事は出来ない。


 だけどもし、それを実現した何かがあるとしたら?


 ゾッとする話だけど、遺伝子レベルから身体全部を変換する事が出来るとしたら、確かに完璧なTSは可能かもしれない。



 ……だけどなぜ?


 何のために性別を変え、そんな人間の死体を魔物が利用しているのか……何か異様な、言い知れない不気味さを感じて僕は軽く震えた。



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