第363話 プロポーズに見せかけた手紙です




――――――王都、ファンシア家。


「シャーロットお嬢様。お手紙が届いております」

「ありがとうございます、爺や」

 シャーロットは、また皇太后が何か頼み事を持ち掛けてきたのか、あるいは殿下からのお手紙だと嬉しいななどと、手紙の内容をあれこれ予測しながら受け取る。


 しかし残念ながら予測は外れた。差出人の名を確認し、軽く目を見開く。




「 “ パウリー=サル=クルシューマ ” ……伯爵位の方が、何故私にお手紙を?」

 王国の伯爵位にある男性で、確か40歳になるか否かというところだったと記憶している。

 社交界で遠目に見たことがある程度で、ロクに交流などした覚えはないし、加えてファンシア家ともゆかりがあるわけでもない。


 一応は王室派貴族だったはずだが、シャーロットは注意深く手紙の封を開いた。




「……。……爺や、このお手紙、貴方はどう思いますか?」

「拝見いたします」

 お嬢様に手渡された手紙の文面に目を通し、爺やは軽く眉間にシワを寄せた。


「これはまた……随分と唐突にございまするな」

 内容は結婚の・・・申し込み―――求婚の文プロポーズ

 しかし、シャーロットが困惑したのはその内容ではない。


 まずシャーロットに求婚を申し出て来る貴族はちょくちょくいるので、今更珍しいものでもないというのが一点。当然、やんわりと御断りし、退け続けている。


 そして何よりも、本来なら手紙で求婚を申し出る場合だと貴族社会の常識として、特別に飾った封筒と紙を使い、文面にも決まり文句のような定型文がいくつか入るものなのだ。


 ところが今回送られてきた手紙は、ごく普通のなんて事のない通常の手紙。




 もっと言えば、求婚の文プロポーズを送りつけてくる前に、相手への友誼を示す交流、そして好意を伝えるアプローチの前文まえぶみ、その後にようやく求婚の文プロポーズと、しっかりとした交流を行ってから最短でも1ヵ月くらいはかけるのが礼儀だ。


 それをいきなり、真っ当な交流もなしに求婚の文プロポーズなど、常識はずれ以上に無礼であると言える。

 元庶民な貴族令嬢のシャーロットでさえ、その辺りの礼儀作法は心得ている基本中の基本だ。


「……送り先を間違えている、わけでもないようですが……」

 爺やが何度か封や手紙の宛先を再確認してみるも、シャーロットのフルネームしか記載されていない。

 そして、最大の謎が一般の・・・配達で出されている手紙だということ。


 当たり前だが、貴族の重要な手紙は配達途中に何か問題があってはいけないため、その差し出す側の貴族の信頼おける家人などが、直接届けにくる。

 当然、求婚の文プロポーズなどという超重要な手紙は、一般市井の配達を利用するなど論外だ。


 どんなド素人貴族でも、絶対にやらないこと―――よほどの理由が・・・・・・・ない限り。


「もしかしましたら……何か、意図があるのでしょうか?」

 シャーロットはもう一度見せてとばかりに手を差し出し、爺やは手紙を渡した。


「……、…………。……ん、これって……?」

 ふと、ある事に気付く。それはとある一文に隠されていた。



 ―― 山、春にしてコスモスが咲いたなら、皆で喜びを分かち合いたい ――


 いわゆる口説き文句のパートの中に見つけた一文。

 コスモスは秋桜……つまり秋の花だ。しかし時節を “ 春 ” と書いている。完全に合わない。


「植物の生態に浅学ゆえの文句ワードの選択、というわけではなさそうですね」

 疑念を持って見なければ、そんな事も知らないのかと笑われて終わりそうな一文。

 しかしそこに奇妙を見出したなら、次々と文章のおかしさに気付けてきた。


「山……春……コスモス……コスモスの花言葉は純真、調和……調和?」

 シャーロットはハタと何かが繋がりかけた。

 気になった言葉は……


 “ 山、春 ”

 “ コスモス(調和) ”

 “ 皆で喜びを ”


「山の春は、“ 厳しい冬があけた後の山 ” と捉えることもできますな」

 爺やも察し、共に考えてくれる。

 この手紙は求婚の文プロポーズに偽装したもので、別の意味が文章内に隠されているものだと、二人とも理解していた。


「爺やの言う通りの意味だとしますと、山は何かの問題や事件を表しているのかもしれません……仮にそうだと致しますと、この一文の本当の意味は “ 大きな問題を解決したい ” といったモノになるでしょうか?」



 ―― 問題春に解決してコスモスが咲いた平穏が訪れたなら、皆で喜びを分かち合いたい ――



 おそらくコスモスの文句を選んだのは違和感を持たせ、気付いてもらうためだ。

 こうなると全文を見返し、込められている本当の意味を探り当てなければならない。


 シャーロットはテーブルの上に手紙を広げ、爺やは白紙の紙数枚とペンとインクを用意する。




「念のために複写しておきましょう。爺や、お願いできますか?」

「はい、お任せくださいお嬢様」

 爺やはすぐに、サラサラと素早いペン運びで手紙の内容を一字一句間違えることなく真新しい紙面へと記していく。


 その間もシャーロットは、頭の中で他の文章を紐解き、手紙に込められた真意をくみ取ろうと思考を巡らせた。


 

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