第356話 メイトリム温泉をチェックです




「お久シぶりでゴざいマス、殿下」

 その日、西方からの一団がメイトリムに立ち寄った。

 彼らは行きは、王都から別ルートで西に向かい、帰りにこのメイトリムを経由する形で王都へと戻る途上で、この村へと立ち寄ったのは他でもない、僕のお願いのためだった。



「久しぶりですね、ヴァウザーさん。故郷の村の弔いはキチンとしてもらえましたか?」

「はイ、陛下にはしかと計らっテいただけマしタ。皆の魂モ、安息デキる事デしょう……」

 ヴァウザーさんが西方に向かったのは、彼が暮らしていた村の後始末のためだ。


 囚われた時、人質にされた村人達は帰らぬ人となってしまったが、村はそのまま長らく手つかずだった。

 荒れ果てた村跡を処理し、村人達の墓と碑柱ひばしらを建設し、冥福を祈ったヴァウザーさんと、事情を知る兵士さん達。


 もちろん西方へ赴いた理由はそれだけじゃない。一団には王の兄上様直下の政務官たちもいた。



「ヴァウザー氏らと二手に分かれ、我々は西の国境付近の状況を確かめて参りました。幸い、マックリンガル子爵領を始めとした此度の乱に乗じるような動きは隣国には見られず、平穏を保っておりました」

 政務官の1人で、王室派貴族の家柄の若い当主、ウレーク=ニュイ=ルコルトン執政副長官。

 徐々に少しずつ厳選しながらヴァウザー氏の存在について広める上で、かなり早い段階で彼の事を知った官僚の一人だ。


 まだ19歳ながら、最近病死した先代に変わってルコルトン家の当主についたばかりで、かなり忙しいはず。

 だけど、それでも兄上様直轄政務官として高い責任感ある地位につくだけあって、年齢以上に大人びた雰囲気と、デキる熟練官僚エリート感が感じられる。



「東が長らく穏やかでない我が国にとって、それは良い報ですね。お疲れでしょう、2日と短期の日程では難しいでしょうが、少しでも普段の労をこの村で癒していってください」


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「なるホド……コレは確かに、薬効ヲ見込めマスね。――― “ 湯治 ” とうじ。私メも初めテ耳にスル言葉デスが、非常に興味深イ……」

 そう、一団に王都への帰りにおいてこのメイトリムに寄ってもらったのは他でもない。ヴァウザーさんにこのメイトリムの温泉の泉質を見てもらうためだ。



 源泉の沸く、最初の湯溜め場。


 この温泉の湯は沸きたてだと熱すぎるので、まずここで湯を一度溜め、溢れた分が村へと流れるようにしてある。

 時間差を作ることで、村に湯が辿り着く頃には、丁度いいより少し熱めの状態になっているという寸法だ。


 ザバ……


 豊かな湯の溜め場に掬い取った器の中身を戻すと、まるで施術後の医者のごとく両手をハンカチで拭きながら立ち上がるヴァウザーさん。

 彼と西への旅を同行した一団の執務官や兵士さん達も、温泉に興味津々の様子だ。


「殿下、次は温泉の入浴場の方ヲ見せて頂いテもヨろシイでしょウか?」

「ええ、もちろんです。今の所、入浴に際しまして人体に悪影響などはありませんが、できる限り詳しく調べるに越した事はありません。ぜひにお願いします」

 温泉と一口に言っても色々だ、湧き出す湯の成分が違う。

 だから温泉地によって人体への効能が異なる。



「僕の知る限り、という前提が付きますが……多くの場合、肩こりを代表とする疲労や、腰痛などを代表とする神経による痛みに効果がある場合が多いようです」

「ソれは、コレまデのご入浴の経験にヨる体感則たいかんそくでショウか?」

 一瞬ギクリとした。


 そうだった、この世界には温泉に入浴する概念がなかったんだった。

 つい前世の記憶の温泉に照らし合わせた、特によくある効能を例に出してしまった。


「ええ。それと、湧き水や川の水を飲んで心身が回復する逸話などを考察したものと突き合わせた上で、僕の中でそう導きだしました。もちろん詳しくお湯の成分を調べることはできませんから、実際のところはどうなのかは、断定しきれませんが……」

 平静を装い、誤魔化す。


 大丈夫かな……おかしく思われていないだろうか?


「フム……確かに、逸話・伝説の類に登場スル水溶液の摂取での超常的回復ヲ、誇張ヲ抑えテ現実に置き換えタ場合、そう言っタところに落ち着クかト思われマス。さすガ殿下、良イ分析かト」


 ホッ。うん、ちょっと最近平和でゆるんでたかもしれない。気を付けなくっちゃ。


「ありがとうございます。……あそこが入浴場です。湯の温度を入浴に適したところまで下げるため、源泉地より距離を置いています。ですがその事により、あるいは湯の成分が変質している可能性も否定できません。できる限り多角的な視点にて、ヴァウザーさんにも意見を貰えたらと思います」


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「フー……コレは、なかなか……良いものデスね」

 ハーフ・ヴァンピールの、ともすれば怖いと形容されそうな顔がものすごくほっこりとしたものになった。


 頭だけ出した状態まで湯にかったヴァウザーさんは、もはやコタツの中の猫状態……いや、それはヴァウザーさんだけに限らない。


「すばらし……ぃ、なんと……心地よい……」

 ウレーク執政副長に至っては、あと2cmほどで口が消える。

 完全に惚けた顔で湯に沈んでいく顔は、とても先刻の若手ホープ官僚と同一人物とは思えなかった。


「……あー」

「気持ちええ……」

「これは……すごい……」


 他の執政官や兵士さん達も、完璧にゆるゆるになって湯に沈んでいっている。




 とりあえず今回は人体に悪影響がない事だけまずは調査し、良い効能については後日、あらためてという結論に至った。

 なので一団に温泉を満喫してもらったわけだけど……


「気を付けてくださいね皆さん。温まり過ぎると身体に毒ですから」

 一応注意は促す。



 が、やはりと言うべきか予想通りと言うべきかその後、執政官の何人かがのぼせて運び出される事になった。

 なお、ヴァウザーさんは魔人とのハーフだからかどれだけ浸かっていても全然平気で、兵士さん達も鍛えているおかげか、執政官の人達ほどのぼせはしなかったものの、やはり何人かは少し長湯してクラクラしていた。




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