第357話 地獄の臭気がほのかに伝わってきます




 のぼせた人達の介抱をしながら、ヴァウザーさんは色々と近況を教えてくれた。


「まズ、陛下によってあの組織と繋がっていタ貴族が摘発さレ、そこカラ人身売買の商人達モ一網打尽にスルことがデキたそうデス」

 あの組織とは、このメイトリムの村が属していたクワイル男爵領内に巣食っていた、裏社会組織 “ ケルウェージ ” のことだ。

 (※第二編1~4章あたりを参照)


 ヴェオスの下部組織の一つで、さらに人身売買や奴隷なんかを扱う裏の商人らとも繋がって魔物側と取引きしていたわけだけど、どうやら兄上様達は、その全体が根っこからしっかりと潰しきることができたらしい。




「それは朗報ですね。魔物達に利する事を削ぐことができたのは、とても大きいですし、密かに犠牲になる民も大きく減ることでしょう」

「はい、間違いなク……デスが、一方デ妙な情報もアリます」

 そう言って、ヴァウザーさんは、なんともいいがたいというような、複雑そうな表情を浮かべる。


「妙な情報?」

「正直、信じがたく信憑性に欠けル話なのデすガ……魔物達ガ自前にて人間―――戦争デ得た捕虜ヲ使イ、増やす・・・方法ヲ取り始めていルとか」

「! ……それは、穏やかではない話ですね」

「ええ、恐らクはウワサの域ダと思われまス。陛下達モ、情報の真贋のほどヲ調査させテおりマスが、出所モ不明のようデして……」

 確かに現段階だと、すごく曖昧でデマっぽい。


 衝撃的な内容で、しかして情報発信源や根拠が不明瞭な話というのは、9割がたデマだと思っていて間違いない。


 ただ、僕はそのフィーリングに嫌なものを感じていた。



「(人間だって生活のために酪農……動物を飼育し、繁殖などもさせる。……人間を何とも思ってない、種族によってはエサとしか見ないような魔物たちが、そういう事・・・・・を考えたって、まったくおかしくない)」

 魔物側にとって人間に利用価値があるのは、魔物と取引している人身売買の実態があった事から既に明らか。


 だけどもし、こちらが思っている以上にその利用価値が大きかったら……


「(これだけ長年、軍隊と渡り合っているんだ。向こうにだって知能の高い個体の10や20は余裕でいるはず。そのうちの誰かでも “ 利用できる人間の安定供給 ” というところに考えが及んだ時……)」

 ありえる―――魔物達が ″ 人間の飼育 ” を始める可能性は大いにありえる展開だ。


 想像したくはない。けど、もしそれが事実ならかなりヤバい。


 特に最前線の、王国東端で戦っている兵士達には欠片も聞かせられない話だ。たとえ可能性やデマの域であったとしても。


「(士気に思いっきり関わっちゃう。魔物に捕らわれてしまうことが、凄まじい恐怖になるから)」

 軍隊が恐慌状態に陥ったら最悪だ。ただでさえ個体能力で劣る人間は、一瞬で押し壊され、戦線は簡単に瓦解するだろう。


 僕は恐怖に戦慄して、全身を震わせた。







――――――王都、皇太后の屋敷。


「――……」

「皇太后様?」

 控えていたティティスは、何か様子がおかしい皇太后をうかがう。

 だが、皇太后はまるで上の空だ。

 ティーカップをソーサーに戻したところで、明後日の方を向いたまま……しかしその眼差しは、どこか一点を見ているわけではなく、もっと大きな視点で世の中を眺めてるかのよう。


「……やはり、影響が出ましたか。……」

 ぽそりと呟いた皇太后の表情はいつものぽやぽやしたものではない。至極真剣な、ともすれば威圧的にすら感じられる絶世の美女の真顔のままだ。

 喜怒哀楽が読めない、まるで魂のない精巧な人形の造形美のようとも形容できる。


「? 皇太后様、私が動きますか仕事はありますか?」

「……。……いいえ~、大丈夫ですよティティスさん~。少し、想定より・・・・も逸脱してしまったようですが……収束はできるでしょう~」



 世の中には、ことわりがある。


 それは世界という次元そのものを保つ根幹の源たるものであり、反する事、乱す事はすなわち、世界そのものに大いなる影響を及ぼすことになる。


 たとえ神であったとしても、容易にそこに触れることはできない。

 ことわりが正常であればこそ、世界もまた正常に存在していられるからだ。




「(……多少、男の子・・・増やす・・・ことで帳尻は合わせられるでしょうか? ふ~……どうしても冷や冷やしてしまいますね、ことわりに抵触するというのは)」

 皇太后は部屋の外、王都から遥か東の方へと意識を向ける。


 そして、ますます妖艶でどこか神秘的にすら思えるような、人間のそれとは異質とも言えるような笑みを浮かべた。



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