第355話 地獄の内実も単純ではないようです
ラインにとって、女性化した際の唯一の救いは、まだ美少女と呼べるほど可愛かったこと。
元より男性の時でさえ、いわゆる中性的なイケメン男子であった。お世辞も無理なほど明らかにゴツく醜い男性でさえ、女性化した後は中々どうして、悪くない容姿へと変貌していたのだから、その点には希望が持てた。
もしこの魔物の巣窟から脱出でき、人の領域まで逃げ延びることができたなら、容姿が良ければ手厚く保護される可能性は高くなる。
女性化後の己の容貌が良くなる事は、まだ現状況から脱することを諦めていなかったラインにとっては都合がよかった。
しかし、現実はその前提たる脱出すら叶わない。
「…………」
いつの間にか気を失っていた。
当然だ―――ゴブリンのひしめく中、気絶しないでいられる方がおかしい。
『ギャギャギャ、メス、オキタ!』
『ヨクネタ? ヨクネタ?』
『コービ、コービ! ギャギャッ』
この部屋に放り込まれてから、どれだけの時間が経ったのか?
何度も気を失い、目が覚めるとゴブリン達が群がってくる。そんな事をもう何十回、いや何百回繰り返しているかも分からない。
地獄に仏と言うべきか、面白いことにゴブリン達はどうやら、ラインが気絶している間は丁重に扱っているようで、目が覚めると身体に苦痛はなく、睡眠によって体力と気力が回復しているのが感じられる。
そしてゴブリン達の様子から分かった事がもう一つあった。
「(彼らも強いられている……?)」
魔物である彼らだ。本来ならラインに意識があろうがなかろうが、好き放題するものだろう。
しかし、気絶している最中はラインの身を丁重に扱っている―――滅多にもらえないメスだから大事に扱っているだけなのか、それとも……
「ごほっ……げほっ!!」
『! メス、クルシソウ! テカゲンテカゲン!』
交配行為自体を止めようとはしないものの、少しせき込んだり苦しそうにするだけで、彼らはその行為をゆるめてくれる。
魔物にも色々いて、様々な立場だったり関係性だったりがあるのは想像に難くない。
だがそれでも異種族の、それも不俱戴天の敵とも言える人間相手に気を使うというのは―――この大量のゴブリン達は、魔物の中ではどういう立場にあるのだろう?
「(……こんな事を考えられてるのも、
途端に哀しくなった。
女にさせられただけでもやっぱりショックは大きかったのに、異形の魔物に陵辱され続けて、それに慣れるとか―――順調に自分は壊れていってるんだなと、ラインは心の中で自嘲した。
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・
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『経過トしマしテハ、順調カと思ワレまス。ゴブリン達の知能ヲ高めタ事が、功ヲ奏しテいルカト』
研究者風な装いの魔物がそう報告すると、混成獣人は長い牙を上下に揺らし、満足気に頷いた。
『結構。これマでハ、知能の低い者ヲ使っていタせいデ、すグに壊しテしまいマシたかラね。使えル人間の数ガ少なイ以上、大事に長ク、使い潰サねバなラない』
『 “ あの方 ” の新薬のオかげデ、時間はカかリまスが、繁殖のテだてはつキまシたかラね。デスが、増やスのヲ待タずに各実験に投入すルのは、危うイと思ウのデスが、ガヴラゾン様?』
そう言われて混成獣人―――ガヴラゾンは、軽く自分のアゴを撫でる。
長い牙の隙間に、器用に手を通して行うその仕草は、少しばかり滑稽にも思えた。
『仕方ないコと。私モ早々ト
『確かにソウでスが……。アの薬ヲ使う回数にモ、制限ヲつけテいるのガ、少し納得でキまセン。人間の人質はマダいマス、男ヲ1人2人残し、残り全部ヲ変えてしマえバ、もっと “ 繁殖 ” の効率モ上がルはずデス』
人間の男を女に変えるという、画期的過ぎる魔の秘薬。だが何というか “ あの方 ” はそれを用いることを最小限に抑えようとしている節がある。
『……何カ、問題がアルのかもシれない。使い過ギにヨる不利益……』
『ソレハ?』
『ワカらン。ダガ、使える人間ガ少なクなって来たカラ、仕方ナく ” あの方 ” はあの薬ヲ作らセタ―――ソんな風に思えルのデスよ。ともカク、“ あの方 ” の指示は絶対デス』
『……ハイ』
実験の研究に携わる魔物ゆえ、高い知能を得ている彼は、いかにも不満が消えていない。
ガヴラゾンは、知能が高いのも問題だと感じる。担当する実験や研究に熱心なのは関心だが、熱心になり過ぎて制限を受けると不満を覚えるのは危うい。
『(……ヤレヤレ、手綱ヲ取るのモ、大変ですネ)』
混成獣人としていかつい姿で生を受けたガヴラゾンだが、その性格は理知的で冷静だ。
だからこそ管理職を任され、一定の地位を得ている。
そして、自分の領分をキチンと守って、違えることなく命令を遂行する事で維持できるモノだ。
しかし、生まれた時から高い知能を持っている自分とは違って、
それが悪い方向に作用しなければいいが……
中間管理職の苦労を覚え、ガヴラゾンは深くため息をついた。
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