第350話 知識が雑草を薬に変えます
各種ポーションは、まだ研究試作段階で世間一般に広まっているものじゃない。
なので僕は、より幅拾い視野で手を広げるべきと考えて、別アプローチで怪我や病に対する方策を、前々から少しずつ考えてきた。
その一つを試すため、兄上様達が帰る前にルスチア夫人にお願いして譲ってもらったある本を片手に今日、牢獄に放り込んだウーバー達の元を訪れて……
「いでででででででででっ!!
「はい、それで大丈夫です。傷口の経過を観察しましょう」
そこらの野山で
譲ってもらった本は植物図鑑で、民間伝承での薬効などの情報も記載されているものだ。
ルスチア夫人は、イザという時にキチンとした薬が手元にない場合、その代用品として自然に生えている植物を利用する知識を深めるため、この図鑑をよく見ていた。
もう完璧に覚えたからあげると言って、メイトリムを出立する前に僕にくれた。
なので今日は、この図鑑を頼りに植物を何種類か集め、実際の薬効のほどを確かめる実験を試みる―――被験者はウーバー達山賊らだ。
「殿下、押し付けたこちらの草はいかがいたしましょう?」
「念のため、そちらのお皿に取り置いておいてください。では、動かないように腕を抑えておいてくださいね」
「「ハッ!」」
兵士さん二人がかりでウーバーを動かないようガッチリおさえる。
草汁を押しつけられた傷口を、拡大率の高い、この世界じゃとても高価な片眼鏡のような拡大鏡で観察する。
いくら拡大率が高いといっても当然、細菌なんかが確認できるようなレベルじゃない。
僕が見ているのは、傷口そのものの変化だ。
「(……ふーむふむ、薬効のない雑草のしぼり汁だと、何にも反応はなかったけど……この草の汁は、効果があるのは間違いなさそう)」
微かだけど、傷口の端の皮膚の先端あたりがごく薄っすらと揺らいでる。じんわりとあった出血も、少しずつ遅くなってる様子。
何日もかけて見ないと結論付けられないけど、少なくともただの雑草よりかは傷口に対する薬効が期待できる兆候が見てとれる。
「はい、これで良いでしょう。確かな傷薬ほどではないですが、効果はゼロではなさそうです」
「ほ、本当かよ……? こんなどこにでもありそーな草……」
当然、ウーバーは信じられないといった様子で、草汁をにじりつけられた自分の腕を見る。
そのままブチブチと文句を言いながらも、大人しく自分の牢屋に戻っていった。
「(この辺は予想外なんだよね。山賊たちは、もっと暴れたり隙を狙って逃げようとしたり抵抗しようとしたりするかも、って思ってたんだけど)」
想像よりもめちゃくちゃ従順。
まぁ、セレナが手配したフル武装の兵士さん達が僕の後ろにズラッと並んでて、目を光らせてるから、何もできないとは思うけども。
・
・
・
「それはおそらく、
セレナに山賊たちが大人しい理由を聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「快適、ですか……牢獄ですよ??」
「殿下。山賊を始め、野に住まう賊徒というものは、とても原始的な生活に身を置いております」
曰く、洞窟などに居を構えるのはセオリーだけど、そんな都合よく住処にしやすい場所なんて見つかりはしない。
なので多くの賊は、風雨を凌ぐ住処どころか、太い木の枝上で睡眠をとったり、そこらの地面の上に適当に寝っ転がるだけで、住処らしい住処など持たない者もザラなのだとか。
「―――ですから、彼らからしますと、風雨を避けられ、暖の取れる湯があり、食事が保証されている牢獄という場所は、安心して過ごせる快適な空間に値しているというわけです」
とはいえ、それは自由と欲望を引き換えにしての快適だ。多くの賊はそれでも牢獄から抜け出し、自由気ままで己の欲望に忠実な人生を送らんとする。
なのでウーバー達は、山賊の中では比較的、生活のためにやむなくそういう道に身を落としているような方向に寄っている可能性があるんだそう。
「(なるほど……一言で罪人っていっても、仕方なくな人から根っからの悪人までいるのは当然だもんね)」
ということは、ウーバー達はまだ、改心できる方の山賊ってわけだ。
「……。殿下、一つ言っておきますと、どのような理由があれ、一度賊徒に身を落としてしまった者は、完全に改心する事はできません。楽して実を得る術に味をしめてしまっているからです。改心したとしても、日々の生活の中に息苦しさを感じた時、いずれどこかでまた、犯罪に走るでしょう」
それは僕にも理解できる。
ズルを覚えた人間がズルを抜きに、苦労して時間と気力と体力を支払い、時に命をかけて日常を真面目に生きていけるかと言えば、答えはNOだ。
同じ命をかけるなら、罪になるとしても簡単に済む、強盗や強奪なんかで得る物の方が遥かにデカい。
リスクとリターン――――――生きていく上でのその効率差が、再び悪行へと走らせる。
厳しい刑罰が必要なのは、そのリスクを重くするためだといってもいい。リターンに対してリスクが重いと見なせば、欲望に負けずに踏ん張って、思いとどまる事もできるからだ。
「もちろん分かっていますよ、セレナ。……ただ、彼らはまだ “ 利用 ” できると僕はふんでいます。もっと極悪非道な賊でしたら、不可能ですけどもね」
この世界にはないけど、前世の世界には “ 司法取引 ” というものがあった。それは犯罪者の末端の者なんかに取引きを持ち掛け、罪を許したりする代わりに、より大きく重い極悪人などを捕まえるための協力をさせるというもの。
セレナは軍部の人間だっただけに、罪の重いも軽いも、全てひっ捕らえて処するものという感覚なんだろうけども……
「(蛇の道は蛇ってね。山賊なら山賊で、彼らにしかない強みがあるはずだ)」
僕が期待したいのは、彼らの山賊ならではの業界ネットワークだ。
アイリーンが前に言っていた―――ああいう手合いもいわゆる縄張りのようなものがあるって。
つまり、多かれ少なかれ横のつながりがある。
他の山賊の情報はもちろんのこと、貴族と繋がって裏仕事をしているような賊なんかの情報も分れば、このメイトリム近辺での治安維持にも大いに役立つ。
「……まぁ、それはひとまず置いておくとしまして、しばらくは実験に付き合ってもらいますけどね」
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