第349話 衛生問題は病を予防する基本です



 その日の夕方、アイリーンとタンクリオン達が意気揚々と、泡を吹いてる男達を捕縛し、戻ってきた。


「恰好からして、山賊ですか?」

「はい、旦那さま! 村をジロジロと眺めている不審者がいるなーって、視線を感じたので行ってみたら案の定でした」

 それって村の中から視線を察知してたってことですか、お嫁さんや?




「(なんか……どんどん規格外になっていってない、アイリーン?)」

 そう思いかけたけど、考えてみればヴェオスとの戦いの時だって、城の西側に陣を張った時、距離のある城の気配やらバモンドウの接近やらに気付いてたアイリーンだ。


 何キロか先からの視線に気づいたっておかしく……ない、よね??


「(……なんか、僕の価値観もバグってきたかな? まぁそれはさておき―――)―――何か彼らから重要な情報とかは聞き出せましたか?」

「いーや、なーんにも。ただの山賊だぜ、このおっさんたち」

 タンクリオンがそう言うと、他の子たちもウンウンと頷く。その様子からして、どうやら尋問済みらしい。


「ふむ……」

 僕は改めて、お縄で整列して座らされている彼らを観察した。


 どこにでもいる、いかにも山賊って感じだ。

 視線や態度、表情からは、どこかの貴族の差し金とか、そういう後ろ盾のある雰囲気は感じない―――どうやら完璧に、野良の賊徒集団とみて間違いなさそうだ。



「彼らの怪我は、戦闘の結果ですか?」

「おう、ギッタンギッタンにしてやったぜ!」「やったぜー」

 タンクリオンに続いて、一番小さい子が同じポーズで胸を張る。


 微笑ましいけど、何気に彼らは強い。

 アイリーンに実戦形式で指導を受けてるもんだから、戦闘能力の成長が著しいんだ。


 アイリーン曰く、何でもありの条件なら、一番下の子でも1対1でそこらのフル装備の兵士に勝てるくらいにはやれるっていうんだから、頼もしいやら末怖ろしいやら。



「ふむ……では一つ、彼らには実験の被験者になっていただくとしましょう」


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 捕らえられた山賊、ウーバー達が連行されたのは、メイトリムに新設されたばかりの牢獄。

 それ自体は何てことのない話だし、罪人が牢屋行きなのは自然な流れだ。ウーバー達も特に驚くこともなく……


「な、なんじゃこりゃぁあぁぁ!!?」

 ソレ・・を見て、おおいに驚いていた。


「……な、なんで牢屋の中に、湯気たつ水場があるんスかね??」

 個々の牢屋はそれぞれ1人用。中には最低限の寝床と便所があるだけ……と、ここまでは普通の牢獄。


 だけど僕が整備させた牢獄は、そこに加えて一味違う。


 調べたところ、温泉の水源が相当に豊富な事が分かったので、この牢獄内にも一部を引き入れ、牢屋内に湯床を整備させたんだ。

 1部屋に80cm × 150cm、深さは45cmと最低限だけど、入浴可能だ。



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「面白いことを考えるね、牢屋に入浴設備だなんて」

 温泉を満喫したリジュムアータが、全身から湯気を立たせながら帰ってきて、ほっこりしながら笑う。


「メイトリム周辺の治安維持を考えた場合、どうしてもああいった設備は必要になります。ですが、通常の牢獄の場合、どうしても不衛生になってしまいますからね。そこから病気などが発生し、村にも蔓延してはいけません。なのでその衛生面を考える上で、今回は実験的に導入してみました」

 お湯、というものは偉大だ。


 雑菌類の多くを高温の湯が滅してくれる。

 冷えると固着してしまう油分なんかも液体に戻し、水と油の混ざりにくい関係も手伝って、付着した汚れなんかも取れやすくしてくれる。


 水虫で有名な白癬菌なんかの類も、40度以上の熱湯なんかで減らせるとか聞いたことあるし、人の生活圏内においての衛生・健康を守る上で、湯はもっともベーシックで頼もしいモノなんだ。


「(特に、前世みたいに洗剤やら除菌云々な便利商品がないわけだから、こういった知識はしっかりと役立てて、導入していかないと……)」

 異世界転生のお話において現実的に考えたとき、一番ヤバいのは魔物でも権力争いでもない―――病気だ。


 抗生物質ペニシリンのような医学的大発明もない。

 魔法やアイテムが万能的に病や怪我を一瞬で治す、なんてファンタジー設定がまかり通る世界でなかった場合、風邪ですら致命傷になりかねない。


 もちろん、その危惧はずっと前からしていて、ポーションをはじめ発展のための研究には意識を傾けてはいる。

 だけどそれらが実を結ぶのには時間がかかる事……なので前もっての予防の観点から、やっていくべきはやっていかないといけない。




「罪人にあのお湯はもったいないとは思いますが……殿下の御決めになった事ですものね」

 クララは若干、承服しかねるという感じだ。

 実際、温泉はこの世界じゃ珍しくて、貴族ですらその価値は高く認めるものがあるだろう。

 その貴族家出身としては、罪を犯したモノにめぐむにしては過ぎているように感じるのかもしれない。



「結果的に、牢獄の不衛生を解消できるのでしたら安いものです。このメイトリムには今、幼いレイアもいますが、将来的には王族が頻繁に訪れる場所にもなりますからね。病の発生だけは絶対的に避けなければいけない……そのためでしたら、むしろ、安いものですよ」


「確かにそうだね。まぁクルリラさんの気持ちも分からないでもないよ……あれは本当に気持ちが良かったから。ボクとしては、あのままあそこで眠ってしまいたいくらいだったよ、フフッ」


 確かにリジュムアータと温泉は、なんかよく似合う気がする。あとコタツとか。


 ただ似合いすぎて、本当にそのまま湯舟の中で寝てしまいかねない。彼女は一人で入浴させてはいけないなと思いながら、僕もあとでひとっ風呂ぷろ行く事にした。


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