第348話 追いかけっこは子供に分があります




 メイトリムから南に2km地点。

 小高い丘と呼んだ方がいいレベルの低い山の獣道を、彼らは駆けていた。




「チッ……王族ゆかりの村になったっつーからお宝があるなんて話、飛びついちまったのが運の尽きだぜっ」

 山賊の頭ウーバーは、歯ぎしりしながら飛ぶような勢いで茂みや木の枝の隙間を縫うように走る。


「ま、待ってくだせぇお頭ァッ!!」

「馬鹿ヤロウッ、ちんたら走ってんじゃねえ、追いつかれんぞっ!!」

 本来なら、緊急事態なので部下をほったらかして逃げても致し方ない。

 だが、ウーバーはこれを見捨てることが出来なかった。彼が山賊の頭目となれたのは部下の面倒をきちっと見る、その気質にある。

 自分本位な他の賊集団の頭とは違い、そうした面倒見の良さが今の自分の地位を築いていることを良く自覚しているがゆえに、遅れる手下を見捨てるわけにはいかなかった。



「(くっそ、なんだってんだあいつら?? いくら王族の息のかかる村っつっても、あんなバケモノみてぇな強さの警備兵とか、ありえねぇだろっ)」

 村の周囲を巡回している兵士の小隊がいるのは知っていた。なのでその隙間をついて村に忍び込み、ちょろちょろっとお宝を程よく頂戴しちまおうと、村の様子を隠れて伺っていた彼ら。


 が、完璧に気配を消して潜んでいたつもりがあっさりと暴かれ、そして追いかけ回されるハメになり、状況は今に至る。


『姉貴ー、あそこでモタモタしてるぞアイツら』

『あねきー、こっちもみえたー』

『回り込め―!』

『『『ワーッ♪』』』


 無邪気なリトルデビル達の声が、大自然の中を通り抜ける。




「くっそっ、なんだってあんなガキがっ……ちくしょうがっ!!」

 わんぱく、たくましい、子供は風の子―――と言っても限度というものがある。

 10代前半からまだ一桁代とおぼしき子供まで、明らかに戦い事には向かない年代。

 が、山賊相手に追いかけ回し、しかもキッチリと武具を纏った実戦装備まで整っている。


 何より早いし強い。


 無論、1対1なら大人の自分らがパワーで勝る。

 だが、そんな優劣など百も承知と言わんばかりに、相手のパワーをいなす・・・戦法を、完璧にマスターしているのだ。


 子供の小柄さからくる安定した重心バランスと機動力の高さに翻弄され、大人で荒事の中に生きてきたはずの山賊たちが、まるで歯が立たないという珍事。


「(何よりあのガキども、肝が据わっていやがる。どんな生き方すりゃあ、あの年であんな歴戦の戦士みてーな戦闘精神を持てんだよっ!?)」

 敗走。それも年端もいかぬ子供に追撃されるという情けなさ。


 だが今はなりふり構ってはいられない―――そんな厄介なチビっこ達の親玉が、バケモノ過ぎるのだから。


「動け、走れ、お前ら!! もうちんたら出来ねぇ、こっからはそれぞれ死ぬ気で逃げろ! 誰かに構ってる余裕なんざもうねぇぞっ!!!」

 あの面倒見のいいウーバーが、必死の形相でそう叫ぶ。


 部下達は理解した。今、追いかけてきている敵に捕捉ほそくされたら終わりだということを。


  ・

  ・

  ・


「(と、とにかく森だ。もっと深けぇ森に逃げ込んじまえばっ)」

 森はただ、鬱蒼として遮蔽物の多い場というだけではない。様々な獣もいるし、何も考えずに進めば大人でも迷ってしまう事すらある。


 いくら大人顔負けとはいえ、子供は子供。深い森の中にまでは追っては来れないだろう。仮に追ってきたとしても、今より確実に逃げ切れる確率が上がるはず。

 だが―――そんな事は、敵も承知しているだろうという思考に至らなかったのが、彼らにとって最大の敗因になる。



「(! 見えたっ、あの川の向こうから広がる森の中ならっ)」

 ウーバーの走る先、今いる浅い森の出口に川が横切り、その向こうに深い森が広がっているのが視界に入った。


 希望が見えて足の動き早まり、あと10mほどで川に到達というところまで来る。

 しかしウーバーは気付くべきだった。一緒に逃げ、ついてきていたはずの手下たちの気配が、いつの間にか消えていた事に。


「はい、おつかれー。残念でしたっ♪」

 川の手前にスッと現れた赤毛の女戦士バケモノ


「!!!? 先回りしてやがっ―――んなッ!?」

 急いで方向転換しようとするも後方も側面も、追手の子供たちに包囲されていた。


「ば、バカなっ。散った奴らを追っかけていったガキもいたはずっ。全員・・ここにいるワケが―――」

「んなモン、さっさとひっ掴まえて、動けねぇよーにして転がしてきたっつーの。あとはおっさん一人だけだぜ」

 タンクリオンが得意げに鼻頭はながしらを親指で弾く。

 すると他の子供らも、油断なく武器を構えながらも、どこかドヤ顔を浮かべているように見えた。



「鍛え方が違うからねー。このコ達から逃げきれる山賊なんて、いないよ」

「~~~っ、ば、バケモノどもめぇっ!!」

 ウーバーはイチかバチかとばかりに、一番弱そうに見える子供のいる方へと全力で走り出す。

 もちろん武器を振り上げ、もはや子供だからと容赦はしないとばかりの気迫でもって、包囲からの脱出を試みる。


 しかし、相手の方が何枚も上手だった。


「こっちくるとおもったー、えいっと」

 一番年下の子供。いかにも弱そうに見えるその外見とは裏腹に、まるでウーバーを怖れもせず、あざやかにスライディング。

 大股を開いた山賊の股下をくぐり抜けたかと思うと、器用にロープを脚にかけ、後ろへと引いた。




「ぬぁっ!!?」

 前に倒れるウーバーの身体。

 ちょうど子供の立っていた辺り、雑草の生える中に、キラリと光るものが―――刃を上にして、地面に刺し立てられている複数本のナイフ!!


 ザクッ!!


「ぎゃああーーーーーっ!!!」

 ウーバーの絶叫が、森の中にこだました。



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