第347話 宰相ご家族のご出立です



 そして、宰相の兄上様が王都に出立する時刻が来た。



「……ほう、これが横になったまま移動できる馬車か」

 リジュムアータをメイトリムまで運ぶ際に使用したものを、兄上様は興味深そうに隅々まで観察している。

 (※「第321話 馬車に揺られる帰りの道です」参照)


 今度はキュートロース夫人に使ってもらおうと、僕が手配。だけど夫人以上に兄上様が好奇の視線を寄せている。


「(もしかして兄上様、こういうギミックめいたものとか好きなタチかな?)」

 特に視線が注がれているのが、振動抑制機構サスペンションなんかの複雑なところ。

 前世に照らし合わせるなら、機械とか見てワクワクする人種に違いない。





 お産から約3週間と少々。


 産後の肥立ちは悪くなく、普通の馬車でも良さげな雰囲気のキュートロース夫人だったけど、ルスチア夫人が徹底して念には念とばかりに、この馬車で横になったまま移動する僕の提案を、彼女に強制的に押し付けた。


 結果、キュートロース夫人と赤ちゃん、そして夫の兄上様にルスチア夫人がこの馬車に乗って行くことになり、ヌナンナ夫人とハイレーナ夫人がすぐ後ろの馬車で続く形で車列を形成。


 宰相家族の馬車と護衛の兵士さん達一行は、つつがなくメイトリムを後にした。



「色々とありましたが、とりあえずこれで一件落着です。このところは特に忙しい時間が続きましたから、皆さん少しゆっくりしましょう」

 メイトリムの入り口で兄上様達が見えなくなるまで見送った僕達は、村の中に戻る。


 正直、本当に疲れた……ドタバタした、って感覚だ。 




「それでは殿下。私めは兵の取りまとめに不備がないか、監査してまいります」

 セレナがそう言うと、


「ではでは、私は宰相閣下ご家族のお使いになったお部屋の後片付けの様子を見回ってくるのですよ」

 エイミーが賓館に走り、


「じゃ、私もエイミー様手伝うし。ちょっくら行ってくんねー」

 ヘカチェリーナがその後に続いて、


「だったら私はターポン達連れて、村の近くを見てくるー」

 アイリーンが元気よく駆け出し、


「そういえばリジュムアータさんは、温泉にはまだでしたわよね? ……そこの貴女たち、同行なさい。リジュムアータさんの入浴のお手伝いを」

「「はい、かしこまりましたクルリラ様」」

「じゃあ、ちょっと初体験してくるから、お姉ちゃんは殿下とゆっくりお茶でもしていてよ」

 クララがリジュの車椅子を押して、目についたメイドさん達を巻き込みつつ温泉にいってしまった。



「……皆さん、元気ですね」

「あは、ははは……はい。でもいい事だと思います」

「では、リジュもああ言っていた事ですし、僕達はお茶の時間に致しましょう」

「はい。お付き合い致します、殿下」


 第一王弟妃のアイリーンと第二王弟妃のエイミーの時は、もう少し新婚さんな感じだったけど、第三妃からは側室感が強くなる。

 なので日常に戻るのも早い感じだ。


「(第一がハーレムリーダーで、第二がサブリーダーって感じだとしたら、第三からは本当にハーレムメンバーでみんな同等、って感じっぽいし)」

 それはそれで助かる。順番が最後まで序列に関係するってなると面倒そうだし、何よりお嫁さんに迎える順番が遅い人ほど立場が低くなるなんて歓迎できる話じゃない。

 僕の後宮ハーレムは、気楽なものであって欲しいし。




「そういえば、シェスカは温泉はどうでしたか? メイトリムに到着した日にエイミーとアイリーンに引っ張っていかれていたようですが……」

「ふぁい!? は、はい……えと、それはもう気持ちよかった、です」

 内気な性格で普段からオドオドしてるせいか、こういう話題にはちょっと奥手らしく、ただ温泉入浴の感想を聞いてるだけなのに、何だかこっちがいけない事を聞いてしまってるかのよう。


「それは良かった。リジュの身体もまだまだ虚弱ですが、シェスカの右腕もまだ完全ではないのでしょう? これからも温泉に浸かり、ゆっくりと癒してください」

「は、はい、ありがとうございまhy……ぁぅぅ、かんじゃった……」

 うん、可愛い。


 右腕は完全に繋がって、日常生活に支障もないみたいだけど、やっぱり完璧じゃないみたいだ。

 日に日によくはなってるけど、右利きなのに左腕に比べて動きがまだ少し良くない。


「(後遺症とか、ポーションの副作用とかはないと思いたいけど、一度検査を受けてもらった方がいいかもしれないな)」

 リジュムアータも、姉と一緒なら安心して医者にかかりやすいだろうし、定期的な検診の際に、シェスクルーナの右腕の経過も確認してもらうようにしよう。


 考えながら、紅茶を一口ノドに流し込む―――とその時、ある事が頭に浮かんだ。




「(紅茶……かぁ)」

「? 殿下、ど、どうかしましたか、お茶に何か??」

 カップを傾けたまま少し止まってしまったので、シェスクルーナが心配そうに聞いてくる。


「ああ、すみません、紛らわしい事をしてしまって……大丈夫、何もないですよ。ただ、紅茶を飲んだ時に、少しだけふと思いついた事がありまして……まぁそれは、もう少し頭の中でまとめる事にします」

「は、はぁ……」

 いけないいけない。今はシェスクルーナとお茶してるんだから、もっと彼女にかまわなくっちゃね。



 僕は軽く頭を左右に振って、一度思いついたことを隅っこに追いやると、シェスカとおしゃべりを楽しんだ。




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