第二章:薬効
第346話 前世古来の治療法 “ 湯治 ” です
約3週間。王都でのあれこれを終えた僕達は、再び、メイトリムに戻った。
「ゆっくりできましたでしょうか、兄上様?」
「ああ。まぁこちらでも緊急ではない案件の書類など仕事はしていたが、ここまでのんびりと過ごせたのは久方ぶりだったよ。それに……」
「それに?」
言いかけて、少しだけ照れ臭そうに目を泳がせると、兄上様はある方角を見た。
「あの、 “ 温泉 ” といったか? あれは素晴らしいものであった。よく思いついたものだな、弟よ」
女性陣には大好評だった温泉だけど、どうやら兄上様も気に入ったらしい。名残惜しそうな表情のクールイケメンにちょっと笑いがこみ上げてきて、僕は湧き上がる笑気を懸命に抑えた。
「普通の入浴に致しましても、リラックスできるものですから。メイトリムの発展に際し、調査をした時にたまたま温水源が見つかりましたからね。その時ピンときて―――以前、ヴァウザーさんと医療の発展についてのお話をしていた時、“ 湯治 ” という概念が出たんですよ」
「トウジ? 聞きなれない言葉だな」
「湯で治すという意味でして、ヴァウザーさんの暮らしていた村で、持病のある方などに、少しでもその辛い症状を緩和する方法として、薬を溶かした湯に入浴するのだそうです」
いかにもヴァウザーさん発な風に言ったけど、実際のところ “ 湯治 ” という言葉自体は僕発信だ。それを聞いたヴァウザーさんが、村でやっていた薬湯に入浴させる治療法に似ていると言っていたのを利用した。
「(出来ればこの “ 湯治 ” は一般化させたいんだよね。専門的な医療知識のある人が不要で、用意して効能を喧伝できれば、あとは患者から来てくれるわけだから)」
そのためにも、まず “ 湯治 ” の言葉と概念を世の中にもたらさなくちゃ。しれっと自然な形で。
「ほう、そのような治療の仕方があるのか」
「どちらかといいますと症状の緩和が主となり、怪我や病を完治させるものというよりは治療の補助になるかと。王都にも公衆の、薬湯による浴場施設を作ることができましたら、用意さえしておけば後は患者さんの方から入浴に来てもらえますので、専門の医師なども不要―――長期にわたる治療が必要な病気や怪我を負った国民の健康に寄与するかもしれません」
すると宰相の兄上様の瞳が、明らかに煌めいた。
微かに驚きからの見開きを伴って、だけど次の瞬間にはもう内政のプロの顔つきに変わる。
「それは興味深い話だな。確かに医者の育成は難しく、数を増やしにくい……だが、そのように患者自身で行える治療・治癒のやり方を提供する事ができるのならば、非常に魅力的な方策だ」
湯治の概念は、前世の日本には古来よりあるものだ。
単純に温かい湯に全身を
そこに薬効の期待できる成分が湯に混ざれば、様々な病や怪我の治癒を促進する事も分かっている。
「(といっても、過度な期待は厳禁だけどね)」
万病に効く温泉とかはよく耳にしたものだけど、では実際にどんな病もその温泉に
あくまでも治癒に一役買うだけであって、完治にはやはり、キチンとした医療が必要だ。
事実、古来日本においても
近代社会では満足できるほどの効果量を得るのは難しいけれど、医療が発展していない古い時代においては、立派な医療。
この世界の医療技術や知識を考えた時、湯治はかなり有効な手段だ。
「自然に湧いたお湯にも、薬効が期待できる事があるそうですから、今度ヴァウザーさんに協力いただき、あの温泉にも何か期待できる効果がないか調べてもらおうと思っています」
「それがいい。どうもあの温泉を利用してからというもの、肩が軽くなったように思う。何か良い効果がある可能性はありそうだ」
実のところ、医療を進歩させるのは歴代のご先祖様達―――つまりこの国の王様達の悲願でもある。
何せ常日頃から魔物と対峙する運命にある王国だ。自然死以外での死者の絶えた日はない。
少しでも国民の命を長らえさせ、健康を守るのは国力の維持や向上という意味でも重要になってくる。
「(戦場での切開摘出方法と苦痛を抑制する魔法も、何代にもわたって苦悩した末に、ようやくおじい様の代で確立できたって話だし)」
回復魔法が万能でないってことが良く分かる。
単純に発動までメチャクチャ手間がかかるっていうのもそうだけど、効果そのものもそこまで万能的に何でもかんでも治せるってものじゃない。
だからこそ薬として各種薬効のポーションの発明は大きかった。ヴァウザーさんと日々協力し、これまでの戦いでもその有効性は証明できた。
何より死のフチに瀕していた、弱り切ったリジュムアータの治療回復や、シェスクルーナの完全に千切れていた腕を元通りに治したことで、ポーション開発は大成功だといえる。
(※「第190話 緊張の投薬施術です」辺りや
「第265話 無事の帰還に喜んでる暇はありません」等を参照)
「(ヴァウザーさんがさらに研究と開発を進めてくれているから、今後もかなり進展が期待できる。……けど)」
それでも、やっぱり魔法の方もどうにかしたい。
創作話ならこういう時、“そういえば△△△の〇〇〇ってところには×××っていうスゴイ魔術師が住んでいるって話ですよ” なんて都合のいい情報が出て来るもんだけど、残念ながらこの世界の魔法は、全世界規模で低レベルなまま発展してない。
「(古の大魔術師と神々の取引……かぁ)」
人を高みに押し上げる望みの代償に、当時人類が培っていた魔法魔術の全てを失った。しかしその神より贈られた魔人たちを、愚かにも人々は排した。
(※「第126話 ハーフ・ヴァンピールの物語です」参照)
結局、僕達人間は何も得られなかったばかりか、失うだけ失ったわけだ。
「(まぁ、魔人を拒絶した人々に神様のお怒りがなかっただけマシかも)」
あるいは魔法に関する文化をゼロにした事で罰としたのかもしれない。
「(そうすると、やっぱり魔法に関しては自力で発展させていくしかない、か)」
難しいことだけど、ちょっとワクワクもする。
既に完成している大系をなぞるより、これから組み上げていくっていうのは、大変だけど楽しくもあるだろう。
急ぎたいけどじっくり取り組んでみたい気持ちもある。
なんとも言えない気分を覚えながら、僕は兄上様の王都に戻る準備をする馬車の様子を眺めていた。
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