第315話 末期の炎です




 ―― 肉……元は人体構成物。規則と秩序なき塊

 ―― 異常変異により、本来あるべき状態から遥かに逸脱

 ―― 魔力によって無理矢理に形を “ 正常 ” に抑え込んでいた

 ―― 元よりアレが当然であって、今までが異常だった

 ―― 生物の形をもはや成さず、思考・自我・意識もなし

 ―― 動きは反射的運動、反応は受けた外的刺激へのリバース


   ・

   ・

   ・



「せぇええええっ!!」


 ザンッ!! ブシュウッ! ドシュッ!!


 アイリーンは肉の塊ヴェオスに斬りかかる。

 伸びる腕のようなモノは容易く切断でき、本体の塊にも刃は簡単に通る。だけど……


 ズウニュグルルルッ


「ッ、また肉が巻いて…っ」

 伸びた部分は切断されても再生する気配はないけど、本体の傷ついた部分は、周囲の肉が蠢いてパン生地をこねるかのように混ざりあい、やがて塞がってしまう。


 そして


『ギャアアアアアア!!!』

 まるで悲鳴の絶叫のような声と共に、アイリーンに向かって反撃するんだ。


「アイリーン! その肉の塊は、攻撃……いえ、外からの刺激に対して反応するようですっ」

 肉の塊ヴェオスを観察していて分かった。単に攻撃だけに反応しているってわけじゃない。

 上からさらに崩れた瓦礫が落ちてきて、自分に当たると、それに対しても肉の一部を押し上げて反撃をしているんだ。


 それがどんなに小さな破片が当たったとしても、その衝撃に対して同じくらいの威力で返そうとしてる。



「と、いうことは殿下、あの化け物は強い力には強く反撃し、弱い力でも相応の反撃をしてくると……」

「はい、おそらくは。どう見てみましても、もはやヴェオスの自我や意識があるとは思えない状態です。なのでアレは生き物というよりは、環境に反応するただの肉塊です」

 簡潔に今の肉の塊ヴェオスの状態を、問いかけてきた魔術兵さんに答え返す。

 そうは言っても、じゃあ放置してもいいわけじゃない。


「(一切の外的刺激がなければ何もしないかもしれない。でも―――)」


 小指大の石がちょんと当たっただけでも反応してる。本当に僅かな刺激ですら敏感に反応する以上、絶対に放置はできない。


「ハバーグ、ヴェオスの配下の残党たちは任せます! 皆さんは僕についてきてください!」

「はっ、はい! かしこまりました殿下っ」

「「「ははっ!」」」

 僕は魔術兵さんと護衛の兵士さんの10名ほどを連れ、大きな声をださなくってもアイリーンに声が届く位置まで慎重に移動した。





「アイリーン、アレは放置できないシロモノです。アイリーンはどう見ますか?」

 剣を構えたまま、視線はずっと肉の塊ヴェオスを注視し続ける彼女。だけど少し呼吸を入れたかと思うと、構えを緩めた。


「そう……ですね。倒すとなりますと、核になってる部分を壊さないといけないかと思います。ですが―――」

 アイリーンのいう核の部分は、きっと肉の塊ヴェオスの中心だろう。しかし、仮にアイリーンの剣を突き入れたところで、あの体躯じゃ多分届かない。第一核になってる部分の正確な位置も見た目からじゃ判断つかない。


「思った以上に厄介ですね、太った魔物というのは……」

「はい、急所が分かっていましても、厚い肉に遮られますから、捉えるのは簡単ではありません。しかもこの肉の塊ヴェオスの場合はコレですから」

 そう言ってアイリーンは、不意に肉の塊ヴェオスに向かって跳ぶ。


 触手の数本を一息に斬り掃い、本体に剣を突き立てた―――と


 ブニョン……ズブブッ……ブシュウウッ!


 弾力―――最終的には突き刺さり、血をふく肉の塊ヴェオスだけど、その表面は弾性が強くって、攻撃を通すのも一苦労だ。


『ギャアアアアアッ!!』


 フォンッフォンッ!! ズズズニュグルルッ!


 アイリーンに向かって肉の触手を伸ばし、そしてつけられた傷は塞がっていってしまう。これじゃあ無理矢理、本体の肉を掘るように切り開くのも無理。



「なんという……これでは倒しようがないのでは……」

「しかし、こんなバケモノを放置など出来んぞ」

「むむ……一体どうすれば―――殿下?」

 魔術兵さん達が困惑する中、僕は一歩踏み出す。


「仕方ありません、アイリーン。<アインヘリアル>を使ってください。そして魔術兵さん達は炎の魔法の準備を、なるべく長く燃える・・・・・ものをお願いしますっ」

「! なるほど……さすが旦那さまですっ」

 ホント、戦闘ごとは察しがすごくいい。僕の考えをアイリーンはもう察したみたいだ。

 剣を一度おろして、集中するように目を閉じ、深呼吸―――すると



 フゥウンンッ……ヒュォオア……ン


 隣に、もう一人のアイリーンがみるみる形となって現れた。その再現度はかなり高く、さすがに鎧の損傷や汚れまでは無理だけど、完全な状態のアイリーンそっくりだ。



「よーし、反対側についてね!」『……』

 アイリーンの言葉に、<アインヘリアル・アイリーン>が頷く。アイリーン自身が動かしているんだから、話しかける必要はないんだけども。


「魔法の準備が出来たらいくから!」

「は、はい!」「もう少しお待ちを!」「~~……~~……」

 やっぱり魔術兵さん達は四苦八苦だ。火炎魔法1つとってもかなり手間取ってる。




 結局、準備ができたのは、僕が命令を出して5分ちょっと後だった。


「こちらの準備が整いました、いつでもいけます。……皆さんは、アイリーンがあの肉塊を切り開いた直後、そこに魔法を打ち込んでください」

「「は、はいっ」」


「じゃ、いくよー! ……せーのっ!」

 アイリーンと、<アインヘリアル・アイリーン>が肉の塊ヴェオスを挟んで反対の位置につき、それぞれ長剣を突き刺す。

 そしてそのまま肉の塊ヴェオスの周りを走りはじめた。


『ギャアアアアアアーーーーッ!!!!』

 腹を搔っ切って回るようなものなのだろうか。肉の塊ヴェオスはこれまでよりも大きな奇声をあげる。


 アイリーン達が数周回ると、肉の塊ヴェオスの本体は上下に斬り裂かれ、奥深くまで外から見える状態になった。


「今!!」

「「~…~~っ、<フレイム・タン>!!」」

 二人の魔術兵さんが発動の詠唱を終えると、魔法陣の上に燃え盛る塊が出現し、肉の塊ヴェオスに向かって飛んでいった。


 斬り裂かれた攻撃に対する反撃をアイリーンと<アインヘリアル・アイリーン>に向けて行いはじめる肉の塊ヴェオスの、裂かれた傷の奥へと炎は入る。


 ズズズズズニュググググッ……


 直後、まるで炎を飲み込む口のように閉じていく傷口―――だが



 ボボボッ……ゴォアアアッ!!


『!! ギィヤァアアアアァアァァァァァッァッーーーー!!!!!!』

 最大の絶叫と共に、肉の塊ヴェオスが激しい炎に包まれた。



「肉の塊……つまりは脂が多く含まれています。その脂を通して内側から身体全部が炎に包まれれば―――」


 ドチュドチュッドチュウッ!!!


 何やらくぐもった音が聞こえる。そして肉の塊ヴェオスがボコボコと蠢いている。


「内側からの燃え上がる炎を、外的刺激として反応し、自分で自分の内側へと攻撃をする。しかも肉は焼け、全体がダメージを負い続けています。さらに自分への攻撃で肉が蠢く際、適度に空気も取り込んでしまってますから、魔法の炎が魔力を使いきっても、ヴェオスに燃え移った炎は、脂と空気を得続けます」

「な、なるほど……まさかこのような方法が」「殿下、おみごとです」「本当に驚きました……」


 この辺は前世の記憶のおかげだ。燃焼の原理を知っていれば、小学生でも思いつく。


 正直ヴェオスが傷口を塞いでしまったら外気がないから炎はすぐ消えちゃうんじゃ……って途中で気付いて焦ったのはナイショ。


「(閉じて外気がない時も、魔法そのものが持ってる魔力があるウチは燃え続けてくれるみたいだ、ふー、危ない……)」



 これで肉の塊ヴェオスは自滅する。だけど仕上げをしなくちゃいけない。


「アイリーン。本体の脂が燃え、体躯が縮みきりましたら―――」

「はい、きっちりと核になってるところを切り刻みます、任せてください旦那さま!」

 <アインヘリアル>と二人がかりでも剣は核まで届かなかった。


 だけど肉が小さくなれば話は別だ。焼けてダメージも負っているから、もはや反撃もままならない。



 そしておよそ5分後―――肉の塊ヴェオスの身体は3分の1程度まで小さくなり、パンパンに張っていた肉もしおれて表面はしわしわ。まるで中身の小さな薄皮の、全体が黒焦げになったギョウザのよう。


 それに対してアイリーンが剣を素早くひらめかせた。




 こうしてヴェオスはトドメを刺され、この戦いにようやく決着がついた。



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