第314話 全てを棄てた醜悪の塊です
『ゴォオオオオオオオオオッ!!!!!』
ボコボコに膨れ上がったその身体は、もはやメチャクチャな位置に腕や脚が生えている。
顔も、弄り回した粘土の塊のような歪み方をしていて、そのあまりに混沌とした姿は、この世のいかなる生物にも比べられるものがない。
高さはおよそ5m、横幅は7~8mはあるだろうか? 複数の巨大なスライムが合体しようとして失敗したみたいな、ボコボコした肉体のまま、ゆっくりと動き始める。
『グギャアアア!』『グルルルルッ!!』
ヴェオスの配下達に打ち込んだ、シェスカの血による<ブラッド・スピアー>で、大型の魔物2体はまんまと彼らに襲い掛かり始めた。
「成功です、想定通りに事は運びましたっ」
「おおぉっ!」「さすがは殿下っ」「お見事な御采配です!!」
魔術兵さん達は目を輝かせて喜んでいる。
他の兵士さん達も、大型の魔物とヴェオスの配下の魔物達がぶつかり合い始めたので、安堵しているようだった。
「これでしばらくはこちらに敵の意が向く事はないかと思われます。最低でもヴェオスの手下か、あの大型の魔物かのどちらかが倒れてくれるまでは―――」
ドンッ! ドチャチャチャッッ!!!
それは突然だった。
壁代わりに張っているシールド魔法の表面に、何か大小複数の物体が飛んできてぶつかった。
すぐにズリ落ちて降ってくるそれを僕達はかわし、地面に転がったところでようやく何かを理解する。
「な……」
「
「こ、こっちはヴェオスの手下の魔物だ! 半分えぐれて……うぶっ」
すぐに戦場に視線を戻す。
15mはあろうかという巨体がグラリと揺らいで、先に逝った仲間達の屍にその身を合流させるように地面へと伏す大型の魔物達。
何とか生き残ったらしき、ヴェオスの配下達4、5匹が、瓦礫の上でガクガクと震えていた。
その様子から一瞬で、魔物達の大半が死んだ事が理解できる。問題はそれをやったのが誰なのかだ。
「(アイリーンはあくまでも剣で戦ってる……こんな力に物言わせたようなえぐれた感じで死んでるってことは……)」
再度、こっちに飛んできた魔物の死骸の一部を確認した僕は、土煙がたっているあたりを注視した。
やがて見えてくる影は異様な形―――ヴェオスの四肢と同じような感じの腕や、腕っぽい触手のようなものが伸びた、ボコボコとした塊が蠢いている。
大きさは、一瞬で死んだ大型の魔物達に比べれば3分の1程度といったところ。だが、異質過ぎる存在感があまりにも気持ち悪くって、僕は思わず顔をしかめた。
「(この感じ……まるで生物実験的とかやってる危ない研究室とか、バイオハザード的な嫌な雰囲気だ)」
この世界は、言ってしまえば剣と魔法のファンタジー。だが、あの蠢いてる異様なモノからは、
神様の定めたるところに逆らって、遺伝子とか組み換えまくった果てに、研究室とかを破壊して暴れ出したバケモノ……って印象。
「……、! そうだ、アイリーン……アイリーンは!?」
僕がハッとしてそう口にすると、皆も驚愕し、半ば茫然とした状態からハタと意識が戻る。
「す、すぐに確認を―――」
「いけません、不用意に近づかないで! ここから見える範囲で構いません、慎重に
!」
「は、はいっ……」
飛び出そうとした兵士さんを引き留め、僕達は注意深く戦場を伺う。まだあちこちに土煙が舞ってるせいで、全体を把握するのも一苦労。
「……」「……」「……」
僕と兵士さん達は、全員で辺りを見回す。―――と
「! い、いらっしゃいました殿下! あそこ、あの化け物から右手の方の瓦礫の麓にっ」
「!! アイリーンっ……」
・
・
・
「つ~……、痛てて。まったく、自分から暴走とか、とんでもない事するなー」
アイリーンはよっこらせと立ち上がる。
鎧の肩や膝部分の装甲が完全に砕け散り、残っている部分にもヒビが走ってない箇所がない。
ところどころに出血。しかし派手なものじゃあなく、既に流血自体は止まっていて、肌の表に血の赤によるラインを大小各所に描いたような状態だ。
「! ……アイリーンがダメージを負ってる。一体ヴェオスは何を……」
あのおどろおどろしいバケモノがヴェオスなのは間違いない。
だけど、明らかに理性も知性も放棄したような姿に成り果ててるように見える。
「(……ということは、アイリーンに追い詰められてヴェオスは完全に魔物に身をゆだねたってことなのかな?)」
分からない。あんなものは見たことがない。
当然、魔物について書かれている書物のどこにも記載されていなかったモノだ。僕が困惑していると―――
「てぇっい!」
ビュシュッ!! ザンッ!!
『ギィイイイイッ!!』
アイリーンが戦闘を再開。バケモノの腕のようなモノの1つを切り裂く。
「そんなぐちゃぐちゃになったって勝てないよっ!」
動きに支障はなさそうだ。アイリーンが重大なダメージを負ってる様子はなく、僕はホッとする。
同時に少し平静に立ち返って、バケモノをよく観察しはじめた。
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