第305話 自負する強者と最強の戦士です




 ザシャ


 彼女はワザと音を立てて歩み出た。当然、ヴェオスをはじめとしてその配下の魔物達も気付く。


「随分と楽しそうだね、私も混ぜてくれない?」

 不敵な笑み。肩に担いだ抜き身の長剣が、平均的なモノのはずなのにやたら存在感を放つ。


 ところどころに肌色の見える、それでいてしかと装甲を持った戦乙女の風格ある意匠デザインのビキニアーマー。


 一児の母とはまったく思えない若さとエネルギーを持つ女戦士―――アイリーン。




『………』

 さすがのヴェオスも、ポーブルマンの時とは違って警戒の色を露わにする。

 すっかり大柄な悪魔じみた姿に成り果てても、確かな強者の気配を相手に迂闊な言動はしない。


 大型の魔物達は残り2体……ハンドジェスチャーだけで配下の魔物達に、“ 残りはお前らでやっておけ ” と指示を出すと、ゆっくりと瓦礫の山を下り、アイリーンの前方20mほどの距離へと降り立った。


『……1人とはイい度胸ダ』

「1人で十分でしょ。だってあなた弱いし」

『!……っ、フン、驕るナ人間風情ガ』

「元人間風情が魔物になっただけで最強にでもなったつもり? ぷぷっ、笑える」


 ヴェオスの顔面にビキビキと力が入る。こんなものは軽口―――ただの挑発だ。いちいち気にする必要はない。


 だが人間をやめ、魔物の本能が大半を占めるヴェオスの精神には、この上なくよく効く。

 これが人の言葉を理解しない、そこらのただの魔物であったなら、アイリーンの言葉などただの雑音だった。しかしなまじ、知能があるだけにその魔物の本能と合わさって、効果てきめんに挑発の言葉が刺さる。




『……ヨほド、死にタいらシイナ』

「そっちがね。自分の程度も分からないなんて、ちょっとガッカリだなー」

 アイリーンがこれ見よがしに緊張を解く。そして両肩をすくめる。


 肩上に担ぎ上げていた長剣を下ろすと握り手の力をゆるめ、子供が拾った棒を剣に見立てて遊ぶように、ブラブラと揺らし振るった。


『ッ、キサマ……コのオレサまヲばカにスるノモ、いい加減にシろッ』


 ブオッ!!


 ヴェオスの右腕が下から上へと猛烈に振るわれる。上昇気流が突風のように発生し、瓦礫を巻き上げた。

 アイリーンの鎧のスカート部分が持ち上がり、股下が露わになるが、アイリーン本人は風圧に飛ばされるでもなければヨロめきすらせず、平然としていた。


「魔物の強靭な膂力りょりょくを利用した強風圧かー。芸がない上に精度も低いね」

『ナニぃッ!?』

 やれやれとアイリーンは欠伸あくびでもしそうな雰囲気と態度で失望感を露わにした。




「風圧を利用するんなら、せめてこのくらいはやってもらわなきゃ張り合いがないよ」

 ヒュオッ――――ビビビビビシュッ!!


『ヌグッ……!? こレ、ハ……ッ』



 剣圧。いつかの城内に潜入した際にも魔物相手に用いた攻撃だ。


 猛烈な手首のスナップだけで空を切る剣。その刀身が空気を押したことで生じる圧を、20m先に届くように飛ばす……それだけでも凄まじい技量だ。

 ところがアイリーンは、ヴェオスの身を斬る研ぎ澄まされた空気の刃と化すほどの剣圧を作り出し、放った。


 凄まじい技量が子供のお遊びレベルに成り果てるような神業。それを難なく欠伸混じりにやってのけるのだから、剣の腕に覚えのある強者たちからしたら脱帽してなお髪の毛を全て剃っても足りないほどの実力。


 素人には、大きな胸をこれでもかと揺らすセクシーな動作にしか映らないその挙動と結果だけで、ヴェオスは愕然とした。




『(……ナンダ、コの人間は? イヤ、ありエなイ、アりえナいダろウ!)』

 人間の中でも最強の個人だと理解はしていたし、認識してもいた。当然、要警戒人物であり、チャンスがあれば息の根を止めておくべき相手であると、命を狙わせたこともある。


 だが所詮は人間。どんなに強いとはいっても、魔物の自分からしたらたかが知れているはずだった。


 ところがこうして対峙し、互いに1撃を繰り出した、その結果の差は天地ほどにも違い過ぎる。しかも自分が天ではなく、地であるという事実に、ヴェオスは歯噛みする。


「(ん-、思ったよりも弱いなぁ……。あのバモンドウの強さを参考に、だいたいこのくらいかなーって想定してたよりも、ずっと下だった。下手うつとすぐに終わっちゃいそうだよ、うーん)」

 ヴェオスを倒すのは確かに目標だ。しかしその後方では、まだ大型の魔物が2体とそれに対処しているヴェオスの配下達がいる。

 場所の状態が悪いだけに、あまり派手に暴れての大立ち回りは控えなければいけない。加えて……


「(旦那さま達の方の準備が終わるまで、もうちょっと時間かけないとダメかも)」

 追い詰められた、進退窮まったと感じれば、ヴェオスは逃げようとするかもしれない。それを皮切りに、配下の魔物達も逃げ出す可能性がある。


 アイリーンは強者だが、複数の敵が散り散りに逃げていってはコレを全て一人で押さえきることはできない。

 ヴェオスの配下の魔物達は知能が高い。1匹でも逃がせば、今後面倒になる可能性もあるので、できる限り殲滅しなくてはいけない。




「(旦那さま達の準備が終われば、とりあえずここにいるのは逃がさないで済むとは思うんだけど、やっぱりアレ・・は時間かかるから……うん、やっぱり時間稼ぎしよう―――)―――間接距離では私の勝ちだねー。無駄だと思うけど、今度は接近戦……試してみる?」


『ッ、図に乗ルなヨ、人間ガぁッ!!!』


 ヴェオスがえ、一気にアイリーンとの距離を詰める。その体躯は明らかに彼女の3倍はあり、普通に考えれば勝ち目などない。


 しかしアイリーンは、フッと微笑を浮かべながら、襲い来る異形の巨体の迫力などモロともせず、剛腕と鋭い爪を余裕でかわしながら剣を繰り出し、楽々と応戦していた。



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