第306話 戦場は崩落現場です



 瓦礫を挟んで向こう側、かなり視界は限られるけどアイリーンが戦い始めている様子が見えた。



「(戦いは始まったようです……急ぎましょう、皆さん)」

「「「(はっ)」」」

 僕と兵士さん達は、ヴェオスはもちろん配下の魔物達にも気づかれないよう、慎重に回り込む。


 瓦礫の山がいっぱいあるおかげで死角だらけだから、隠れながらの移動は余裕だ。だけど今もあちこち崩壊してる場所だから、上から新しい瓦礫が降ってくることもあって、僕達は注意しながら慎重に進まざるをえない。



「(場所は、大型の魔物が暴れてる向こう側……幸い、ヴェオスとヴェオスの魔物達は、大型の魔物達の南側に全員いる……)」

 北側に回り込んで、彼らが逃げられない……ううん、逃げにくい状態を作る。それが今回の作戦の主旨しゅしだ。


「(魔術の準備はどうですか?)」

「(はい、大丈夫です殿下。魔力は十分ですし、時間さえあれば確実にいけます)」

 護衛の一人というよりも、何かの役に立つかもと作戦要員的な理由で今回同行してもらった魔術兵の皆さん3名。


 彼らに魔法の結界―――とまではいかなくっても、防御魔法を応用して壁のようなものを張ってもらうことを、僕は考えた。


「(結界魔法がないことにビックリだけど、上手くやれば似たようなことはできる。だけど……)」

 3人―――ヴェオス達と大型の魔物が逃げられないようなレベルのものを作り上げるのは無理だろう。


 だけど一瞬でも足止めできれば、その隙を捉えてアイリーンが逃さないでくれる可能性は高い。

 とにかく逃がさない、これが肝心だ。




「(知能が低い魔物でしたら、逃がしてしまってもまだそこまで脅威ではないのですが、さすがにヴェオスとその配下は逃がせません……ここで完全に倒しきってしまわなくてはいけませんからね)」

「(分かっております、殿下。我々も奮戦致す次第……お任せください)」

 頼もしいけど、真っ向からやり合うには戦力的に無理だ。


 どちらかというと僕らはアイリーンのサポートと壁をつくる魔術兵さん達の護衛だ。


 僕もヘカチェリーナ謹製の伸縮槍を取り出す。今回籠ってる効果は “ 頑丈 ” 、既に自分を突いておいたので、万が一攻撃を受けても少々なら大丈夫なはずだ。


「(よし、ここです。まずこの位置に1人、そしてその護衛に5人が残ってください。他の方は僕と一緒に次のポイントへ向かいます)」

「「「(はいっ)」」」「「了解です、こちらは早速、壁の作成を試みてみます」」



   ・


   ・

 

   ・



 ギンッ、ザクッ! シュビッ……ドカッ!


『グゥウウ……』

「ふぅ。……さっすがそこらの雑魚とは違うね」

 アイリーンの攻撃は、ちょくちょくヴェオスを傷つけはする。しかしその動きは一般的な戦士の範疇で、アイリーンからしたら完全に手加減レベル。


 しかし対峙するヴェオスにはそうとは感じないだろう。自分を傷つけているという事実だけで十分―――これがアイリーンの本気だと思っていた。


『貴様もサスガの強サダ……しかシ、ソの程度なラバッ!!』

 ヴェオスが魔物の脚力にものいわせて一足飛びに突撃。これをアイリーンが迎え討とうと構える、が……


 ドンッ


「!」

 ヴェオスが途中で地面を蹴る。加速と軌道が変化し、アイリーンの迎撃タイミングがズレた。


 ドウッ!!


『グハハハ! 貴様ノ夫のヤってイた動キダ! サすがに対応デきナかっタようダナ!!』(※「第271話 ヴェオスの刃です」参照)

 ヴェオスの剛腕がアイリーンの胴体を打った。


 しかしアイリーンは空中を飛んだ我が身を、クルリと一回転して態勢を整えてそのまま綺麗に着地を決めた。


「んー、確かにちょっと驚いたけど……やりなれない事はするもんじゃないね?」

『ナニ? ……グッ!?』


 ブシュ、ブシュッシュゥウ!!


 ヴェオスの繰り出した右腕のあちこちから血が吹く。

 殴り飛ばされた際、目にも止まらない速さでアイリーンが斬りつけていたのだ。



「それに殴りの方も力任せでスピードがのってなかった……ダメージ緩和余裕すぎだったよ」

 ヴェオスの拳の表は、アイリーンの胴体全てを覆う大きさだ。普通なら一撃で首下から足の付け根まで満遍なく打撃の衝撃を受け、戦闘不能の大ダメージを負うことだろう。


 だがアイリーンとて人間でも並みではない。インパクトの瞬間、腕を斬りつけつつ後方に跳び、衝撃を緩和したとはいえ、仮にまともに受けたとしても耐え抜ける。


 ヴェオスの中に “ 人間は脆弱ぜいじゃく ” という感覚が残っている限り、アイリーンには逆立ちしても勝てない。



『フー……ナルほド、マだマダ足りなイ・・・・とイうワケだナ……』

 ヴェオスの口調が、より魔獣のような方に寄りはじめる。


 不安定な精神。それをさらに魔物へと自ら寄せていく。


 知恵ではなく、理性ではなく、純粋なパワー……ヴェオスが選択したのは、より魔物の凶暴性と暴力性に訴えかけた戦闘力を発揮することであった。


「(バカだねー……だけど、こっちには好都合)」

 知能や意志が希薄になり、本能で戦闘を行うようになれば、周囲の状況すらもわからなくなっていく。

 目の前の敵を倒すことばかりで頭が埋まれば、自分達の作戦にも気づかれにくい。




 アイリーンは剣を構え直すと、ヴェオスをとことん自分に集中させようと、切っ先を向けて挑発するように、クルクルと回し動かした。




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