第304話 お約束と本命の到着です




 大型の魔物達は、もちろんヴェオスら敵対者を認識している。


 だが野良の魔物であるがゆえにその知能は低く、本能が勝るがゆえに、目の前の敵に集中し続けるということが出来ない。戦闘が長引けばなおさらだ。

 加えてシェスクルーナの血に魅入られ、興奮状態にあるのだから始末に負えない。



『ガァァアアァァ!!』『ギュアアオオオ!!』


 ヴェオス達が四苦八苦しながら倒し続けた結果、残り6体。完全に日は昇り、崩落した天井の先に太陽が見えている。


『グググ……ッ』

 イラ立ちながらも、攻撃を加えるヴェオス。一撃で消し炭に出来るような攻撃を行うことはもちろん可能。しかしこの状況ではそうした手段を使えない。


 半端に己の城という拠点への固執が、魔物の本能と同居してしまっているがゆえに、ヴェオスは激しいジレンマを抱えながら、チマチマとした戦闘を展開するより他なかった。





 そんな戦闘の様子を、ポーブルマンはじっと観察し続けていた。


「(これは……勝てるな!)」

 その性格はともかく、ポーブルマンとて人間としては強者に類する者だ。一切の考えもなく、ただ敵に向かうだけではない。

 とりわけ今度は敵の首魁との対決だ。相手の事を知るため、事前にその戦いぶりを観察するくらいのことは当然行う。


 しかし、それでもやはりポーブルマンはポーブルマンであった。


「(彼奴が大型の魔物に意識が強く向いた瞬間、後方より首をはねる! 周りの魔物どもはその事実に驚き、硬直するであろう。その隙をついて数を減らしてゆけば……うむ、我ながら何と完璧か!)」

 奇襲でヴェオスの首を取れるという慢心。

 観察から得られた情報だけで、相手の全てを把握したつもりになる浅はかさ。

 そして脇の甘い絵空事な予測を完璧だと思ってしまう、自己評価が高いこと前提の思考……




『ハァァァ……フゥウウ! ……イイ加減、消え去レッ!!』

 焦れたヴェオスが大きな予備動作を行い、明らかに重い一撃を繰り出そうとするのを見て、ポーブルマンは飛び出す。


 嬉々として、自分が思い描いた結果に向かい、重厚な両手剣を大きく振りかざす。


 ヴェオスが大型の魔物に向けて両手を貯めた魔力の輝きを、前に押し出そうとする瞬間、ポーブルマンはその間合いに入った。


「その首もらったァ!!!」

 手柄首―――これで、今回の戦いでの戦功第一は自分だ。そんな欲が思考をよぎる。


 剣を振るうのは一瞬、ところがポーブルマンの意識は何故か間延びし、全てがゆっくりに感じる。


「(? 何だ? これは一体―――)」


 ガキン


 ようやく刃がたどり着いた悪魔の首。だが斬れるどころか僅かも食い込んではいかない。

 


『……雑魚ガ。邪魔をすルナ!!!』

 ヴェオスの咆哮と共に、ゆっくりだった時間が一気に現実の早さに戻る。ゆっくりだったのは、ヴェオスが特別な何かをしたわけではない……それは、ポーブルマンのいまわのきわ、つまりは死の寸前であったのだ。




 ゴッ


 ヴェオスの片手の魔力が、半身だけ後ろを向いた態勢で放たれる。放射された魔力エネルギーがポーブルマンの上半身を覆い尽くし、チリと変えて後方へと吹き飛ばし、なおそれすらも消滅させる。


 一瞬。おそらくポーブルマンは今頃、あの世で自分は何がどうなったのか首をかしげている事だろう。


『身の程も知ラヌ弱者ガ、ツマらン邪魔ヲしオって……フンッ』

 後ろ蹴りで残ったポーブルマンの下半身を蹴り飛ばす。

 瓦礫の坂を転がり落ちたソレは、無惨な姿で瓦礫に混ざるようにゴミと化した。



  ・


  ・


  ・



 ポーブルマンの戦死から1時間。大型の魔物達はその数を残り4体にまで減らした。


 しかしその間にも城は破壊され、北を中心にほぼ全体の半分が瓦礫に変わっていた。


「(……どうやら相当頭にきているっぽいですねー、アイツ)」

「(大型の魔物達は、思いのほか暴れてくれましたね。想定以上の成果です)」

 城東部中腹にかたまっていた魔物達は、アイリーンの働きで南に寄せられるように押し込まれ、城外を制しつつあるメイレー侯爵の主力と、ハバーグ指揮の北陣、そして南からのオフェナ隊で完全に包囲状態になった。


 特にアイリーンがこれでもかと暴れたので、その強さに恐れおののいた魔物達が南や東へと寄っていったので、この北部のヴェオス達とは完全に分断された状態だ。


 仮に駆けつけてくるとしても、すぐには合流できないだろう。しかも城の崩壊が進んだことで、城内の移動ルートはかなり塞がってる。

 そこに兵士さん達を配置し、堅守させればヴェオスへの援軍は完全にシャットアウトだ。



「(……先に来ているかと思いましたが、ポーブルマンの姿が見当たりませんね??)」

「(旦那さま、彼ならやられちゃったみたいです。さっき下半身だけ転がっているのが見えましたので、瓦礫を投げてとりあえず簡単に埋葬しておきました)」

 あー、やっぱりそうなったかーって感じだ。


 味方の死は哀しいものには違いないんだけども、彼の場合は自業自得感があるというか、何っていったらいいのか分からないけど、無惨に死亡しましたって聞いてもあまり哀しくない。


 それに戦場でいちいち哀しんでいる暇はないしね、うん。



「(つまり、ヴェオスの強さは確実にポーブルマン以上、ということですね……)」

「(ですね。まぁこの場合は、ポーブルマンの方が弱すぎた・・・・というべきかもしれません)」

 おっと、お嫁さんはなかなかに辛辣ですなぁ。


 でも厳しいようだけどアイリーンが正しい。適切に自分と相手の強さを認識して比べ、慎重に戦闘を展開するのが普通だ。

 ヴェオスの強さはあの時、“ ウインドバストラ ” を使用した事で理解した事だ。

 (※「第271話 ヴェオスの刃です」参照)


 あの魔法はそこそこ高位で、本来なら術式を組むのに少し手間がかかる。だけどそれをほとんど時間をかけることなく使って見せたヴェオスだ。


 魔物としての身体能力も相当なのだろうけども、総合的に見ても、今アレに1対1で敵うのはアイリーンだけだろう。

 ポーブルマンは正しくヴェオスと自分を評価できなかった。そして無謀に突っ込んだ―――その結果の死は、必然だ。



「(それでアイリーン、どうしますか?)」

 まだ大型の魔物は4体残っている。思った以上にヴェオス達は手間取っているみたいだ。

 できれば大型の魔物全てを倒し終えた直後あたりで、ヴェオスを倒しにかかるのが望ましいけど……


「(もちろん行きますよー。……ただ奇襲はダメですね、正面から堂々と向かいます。それでですね、旦那さま。旦那さまに少しお願いしたい事があるんです)」

 そう言って、アイリーンが僕に耳打ちする。

 耳打ちっていうか、ギュッとぬいぐるみを抱っこして語りかけるみたいになってるけども。




「(それは構いませんが……アイリーンの方は一人で大丈夫ですか?)」

「(はい、多分問題ないです。むしろ倒した後の事を考えて準備しなくちゃいけないでしょうし、そちらは旦那さまにお任せです)」

 そう言ってニパッと笑うアイリーンからは、勝算しかないと言わんばかりの余裕が感じられた。



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