第275話 喋る魔物と戦闘の天才です




 アイリーンは、リジュムアータ救出後に城を脱っした後、捕えた兵士から話を聞き出し、その上で独断行動をすることにした。


 その理由は、城の裏手まで友軍の力が回っていない事と、城内で遭遇した魔物達の手応えを勘案した結果と、兵士から聞き出した情報から後方で活動し続ける事が、戦略的に有効だと判断したからだ。





「……やっぱり、普通の兵士じゃ相手するのはしんどいレベルだったみたいだね」

 1度の使用で刀身の刃がボロボロになった剣を、軽く振るいながら魔物達に迫る。


『ぐ、グ……女、何をシた……っ!?』

 雰囲気に圧され、仲間の死様に恐怖を抱いたのか、アイリーンに問いかける魔物は及び腰だ。声を荒げても完全に虚勢なのは丸わかり……人間など恐れるに足りないはずの魔物達は、間違いなくビビッていた。


「んー、簡単なことだよー? こうやって、こう……ほいっとね!!」


 ビュヒュバァッ!!



 アイリーンがゆらりと剣を動かしたかと思った次の瞬間、その手元が見えないほどの速度で動き、無数の斬撃が何もない空をきった。

 その直後、鋭い刃の嵐が魔物の1体を駆け抜けて文字通り細切れにする。


『!』『!??』『ナ……??』

 茫然とするしかない。アイリーンと細切れになった魔物との距離は8mほど開いていた。腕をいかに伸ばし、剣を真っすぐ前に突き出したとしても、絶対に届かない距離。


 だが、その埋められないはずの空間を埋めて、いとも簡単に一瞬で魔物を倒して見せる―――化け物であるはずの魔物たちをして、化け物を見たかのようなおそれを抱かせるには当然の神業であった。


ただの・・・剣圧ってやつだから。そんなに怖がられるようなものじゃないんだけどなぁ……」

 魔物達の反応を見てアイリーンはがっかりした。少しは手応えのありそうなのがいるかとも思ったが、どうやら見立て違いだったと言わんばかりに両肩を落とす。


『け、剣圧……ダト??』『バカな、そんナ非現実的な事ガ!』

「非現実的って酷いなー。キミたちの存在の方がよっぽど非現実的じゃない?? はぁ~ぁ……」

 興が削がれたとばかりに、さらにボロボロになった剣をぽいっと捨てるアイリーン。この城に入ってから飾られていたものを適当に手にしただけなので、何ら惜しくはない。

 だが武器を捨てるという行為を取ったアイリーンに、魔物達はキョトンとし、そして直後に笑いだした。


『コイツ、自分の武器を捨てタぞ!』『バカなヤつメ!! 素手でヤる気カ!?』

『まァ、あそこマで痛んダ剣でハ、役に立たナいト見切りヲつケるのモ分からんデはナいガナ!!』

 一転してゲラゲラ笑う魔物達に、心底ウンザリだと言う代わりに、アイリーンは何度目かの呆れきったため息を吐く。


 同時に纏っていたボロの外套を脱ぎ去り、伴だっていた兵士にぽいっと投げ渡して預けた。

 豪奢で風格あるデザインのビキニアーマー姿が露わになるが、他に武器は何も持っていない。


 しかしアイリーンはチラりと、魔物達を挟んで向こう側に倒れているオフェナを伺うと、声をかけた。


「無手のコツ教えたげるから、気を失わないで頑張って見ててねー」

 そう言うと、武器を持たないビキニアーマーの姿が消える。

 しかしそれは一瞬―――オフェナは見た、強力なバネを利用してのその瞬発力を。


 一瞬でもっとも手近にいた魔物に詰め寄り、そして―――


  ゴギャッ!!


『グ―――』

  1秒とかからずに、その首をへしおった。


「ただパワーのままに振るうんじゃなくって、移動の方向と勢いの方向に力を乗せて相手の急所1点を砕く……無駄な力を使うことなく、はいこの通り」

 一瞬の瞬発力を利用して、相手と距離を詰める事はオフェナにも出来る。だがその方向や勢いによる慣性なんかまで考えてやったことはない。


 しかも1体1体異なる種の魔物相手に、的確にその急所を狙うのは容易なことではない。

 何より武器を一切持たない上で、無手で魔物に立ち向かうというのは、己の強さに相当な自信がなければ精神的な不安感が起こり、攻撃の精度が低下してしまう。



 しかしアイリーンは、完璧な1撃でもって、その魔物の急所の1つである首を砕き折ってみせた。


「……す、すご……い……」

 素人が見れば、おそらくはものすごいスピードで魔物に突撃して首に肘打ちしただけにしか見えないだろう。

 だがオフェナとてそれなりに長い戦闘経験を積んでいる者だ。その凄さがハッキリと理解できる。


 いくら急所といっても、魔物の皮膚はそんなにヤワではないし、首とて容易く粉砕できるほどもろくはない。

 もしオフェナが、巨大戦槌ハンマーで同じ箇所を殴ったとしても、そう簡単には砕けないだろう。




 だからこそ、オフェナは今の1撃で確信し、そして安堵した。

 魔物達はこの女には勝てない、絶対に……と。




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