第276話 暗躍が戦況全体を変えます
アイリーンが戦闘を開始してから僅か5分。
『こ、んナ……た、たっタ、一人……しカも女……ニ……―――』
ズゥン!
一番身体の大きい魔物が倒れ、オフェナを追い詰めていたはずの魔物達はすべて息絶えた。
「……す、すごい。オフェナ、お前みたいに強いやつ、初めて見た……」
腹部の怪我の痛みも忘れるほどに、唖然とするオフェナ。
するとアイリーンは、照れ臭そうに後頭部をかいた。
「あはは、そこまで言われるほどじゃ~……っと、それよりも。ねぇノーマット、他に隠し通路のアテはないんだよね??」
「は、はい、少なくとも自分が知る限りは1つだけです。それも偶然見つけただけですんで、実はこの城の内部の構造もちゃんと把握しきれてるわけでもなく……申し訳ありません、お妃さま」
ノーマットは、マックリンガル子爵領の領民で、子爵を装うヴェオスによって徴兵された一般人の1人だ。
たまたま城の外、壁際に沿って周囲を巡回警備で回っていたところ、前回の潜入時にアイリーンが城から出る際にかち合った者だ。
(※「第263話 お嫁さんはピンチなど無縁です」参照)
その後、アイリーンから彼女の正体や、自分が誰に仕えているのか、その正体や危険、状況などを教えてもらい説得された後、知る限りの情報を提供し、以後は供回りのような形でアイリーンの行動に従っている。
「お妃? お前、もしかしてウワサの王弟妃か??」
「どーゆーウワサかは知んないけど、王弟妃って言うならその通りだよ~。んで、立てる?」
怪我は深い。が、傭兵をやっていれば深手なんて日常茶飯事だ。アイリーンもその辺の感覚はよく分かっているし、名のある傭兵ならばその状態でも動くし戦いもする。
ピンチであったのは事実だがオフェナもその例にもれず、十分な時間をかければ呼吸を整え、立ち上がることはできた。
「ふー、ぅ……何とか、いける。けどオフェナ、戦闘まではキツい」
これも優れた傭兵の証だ。自分の状態を確実に理解し、無駄な威勢や意地を張らない。もしろん本音ではまだまだヤれる、戦えると気をはきたいところだ。
しかし傭兵業とは完全なる自己責任の世界……。第一に生存を根本として物事を判断できなければ容赦なく死ぬ。
雇われの私兵達に比べ、その一点に関してはとことんストイックな者達だ。
「おっけー。……まー、このまま城の中を突き進むのは……出来なくもないけど、今の状態じゃちょっと面倒だし、さすがにそろそろ帰んないと旦那様が心配してるだろーし、それに……」
不意に言葉を切って、アイリーンはじっと一点を見つめた。視線は、城を挟んでの向こう側、前面にいるヴェオスを向いている。
「……結構な気配を放ってるのもいる事だし、あっちがちょっとばかし心配だしね」
そう言うや否や、アイリーンはひったくるようにノーマットに預けたボロ外套を掴んで纏うと、いきなりそこらの窓をこれでもかと割り始めた。
そしてオフェナとノーマットを抱えあげたかと思うと、オフェナの
『こっちダ、音がシたのハ』『! だれカ、いるゾ!!!』
『っ!? 同志がヤられテいルぞ!!』『敵ダ、逃がスな!!』
「遅すぎだねー、とうっ!」
新たな魔物達が気づいた時には、アイリーン達はもう穴から外へと飛び出していた。そして抱えていたうち、ノーマットだけその場におろすと、かわりに転がっていたオフェナの
「はい、全力で走るー。追いつかれたら即死ぬよー、たぶん」
「は、はひぃいい、ま、待ってくださいぃいい!!!」
普通人のノーマットにはちょい厳しい仕打ちだが、総合的に判断してオフェナと彼女の武器を回収する方が重要だ。
加えてノーマットの足なら問題ないと、アイリーンは判断。死にたくない必死の気持ちというのもあって、彼はなかなか頑張って走っていた。
・
・
・
その数分後。城の前方でその脅威のほどをいかんなく示し暴れていたヴェオスに報告が入る。
『! 後ろ、ダと?』
『はイ、回り込ンでいル敵戦力がイる模様でス、城内にイた魔物のウち、50数体がヤらレ、敵は城ノ後方へと逃レ、追撃むなシく捕えラれナかっタとノ事』
『チィ、メイレーめ、小癪ナ……ッ』
その報告を受けたヴェオスは、一度引き下がる事を決める。
何せ城内にいた魔物達は今外に出ているものより1段上の強さを持っている。それが50も倒されたとなれば、相応の戦力に裏手から突かれたという事だ。
『(歯ごタえのナい雑兵どモは、引き付ケる囮カ? 本命は別にイるトいうことカ……おノれ)』
奇しくもアイリーンの暗躍がヴェオスに深読みを促し、退かせる事になりメイレー侯爵軍本隊を壊滅より救う結果となる。
ヴェオスは城に退き、配下の魔物達を代わりに前面へと出しつつ、さらには全方位に対応するよう、城内の魔物の配置をかえるなど、態勢の仕切り直しに従事する。
そんな愚かな魔物を尻目に……
「ただいま戻りました、旦那さまっ♪」
アイリーンは、悠々と帰還した。
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