第266話 睨み合いは任せて撤収します



――――――3時間後、ヴェオスの小城。


「!! ……やはり、やはりたばかったのは貴様か、リジュムアータ!」

 火災を鎮め、愚鈍な兵達をまとめてようやく城に落ち着きを取り戻させたヴェオスは、自分以外誰も知らない秘密の部屋の中、死にかけの少女の姿がなくなっている事に激昂していた。



「……いや、まてよ? 確かにあの娘は死にかけだった。あの状態で騒ぎに乗じて逃げられるとはさすがに思えん……第一、火災と兵どもの混乱を誘発するなど、仮に自由自在に動けたとして、あの娘一人にとても出来ることではない……」

 ヴェオスの頭は、自然と " 協力者 " の存在を疑う方向へと傾いてゆく。


 すると今度は、別の理由で怒りを覚え始めた。


「内部に裏切り者がいる、か……? ク……クック……そうか、ならば得心がいくっ、メイレーめがやけに自信満々に我が軍に対峙しているのも……なるほどなるほど、我が方の混乱を見越していたというわけか!」






――――――城北東、仮設小屋。


「……といった具合に思っていることでしょうね、ヴェオスは」

「それで見つからないようにとか、見つかっても賊に見せかけるとか、そういう指示だったのねー」

 辿れる痕跡さえ残さなければ、僕こと王弟殿下御一行の関与を疑う考えは微塵も出てこない。自然、軍として真正面から対峙し続けているメイレー侯爵の関与や仕業だと思うはずだ。


「でも殿下、それってさー……半ば侯爵になすりつけてるような感じになってない?」

「人聞きの悪い事を言わないでください。ヴェオスの前に5000の手勢で立ちはだかったのはメイレー侯爵の自発的な行動ですし、どのような事が起ころうとも、ヴェオスはメイレー侯爵の謀略と疑うのが状況的に当然です」

 正直に言うと内心じゃあ、ちょっとだけギクっとした。


 僕も結果的にとはいえ、そういう風になっちゃってる感は否めないと思ってたからだ。

 メイレー侯爵は気にしないだろうけど(むしろ自分にる気をぶつけてくるなら受けて立つ、って喜びそう)、侯爵の配下や兵士さん達は僕に思うところが出来てしまうかもしれない。後で何かしら報いる必要はありそうだ。



「……それより、やはりアイリーンはまだ来ませんか」

「うん、まだっぽい。……どうする? もうちょっと待つ?」

 さすがにヘカチェリーナもちょっと心配そうだ。

 だけどアイリーン自身が “ 予定通りに ” って言ったんなら、そうするべきだろう。これがただの非力な女の子ならともかく、あのアイリーンだ。強大な魔物に遭遇したとしても切り抜けられる。

 仮にアイリーンでもどうにもならないような魔物がいたら、もうお手上げだ。この世の誰もかないっこない。


「……いえ、予定通り撤収に移りましょう。ルート上の小隊も引き上げて合流が進んでいますし、ヴェオスがこちらに気付いている可能性は低いとは思いますが、まずリジュムアータの安全を確実に確保します。……大丈夫、アイリーンは世界一強い、僕の自慢のお嫁さんですから」

 そう言う僕にヘカチェリーナは、だねー、と同意しながら頷いた。

 僕は頭を切り替える。僕達だって、まだまだ安心していられる状況じゃないからだ。



 ――― 2種の薬液とおよそ2時間の治癒魔法。


 それを施されたリジュムアータは、何とか小康状態と言えるところまで持ち直した。けど呼吸はまだまだ小さいし、脈も弱い。いつ変調をきたしてぽっくり逝ってもおかしくない状態だ。


「(前世だと集中治療室とかに入ってるレベルだろうなぁ、きっと……でもこの世界にそんな設備はない。ヴァウザーさんの開発したポーション各種と、治癒魔法だけが頼りだ……)」

 正直、あまり動かせる状態にはない。だけどこの位置がいつヴェオス側に見つかって、怪しまれないとも限らない。


 慎重に、それでいて迅速に……そろそろ移送をはじめなくちゃ。





「夜が明ける前に、暗闇に乗じて彼女を搬送……まずはメイレー侯爵の後陣に向かいます。そこで受け入れ準備がなされているはずですから」

「は、はい。よろしくお願い致します……ゴクン」

 僕の説明を、緊張の面持ちで聞くのはシェスクルーナだ。

 彼女が今、ちょこんと座っているのは、妹リジュムアータが横になってるベッドの脇……に一体化されてる椅子の上。まるでバイクのサイドカーに初めて乗せられた子供のように、ドキドキしながら緊張しているといった様子だ。


 今回の救出計画に際して、僕が指示して作らせた特別製のベッド。


 搬送をなるべく恙なく、かつリジュムアータの身体になるべく振動が出ないようにと考えた結果、車輪付きの台に振動緩和機構サスペンションを挟んでその上にベッドが備え付けられてるっていうシロモノが出来上がった。


「(ゴムがないからタイヤじゃないのが残念だけど、兵士さん達による人での運搬や、馬車の荷台に乗せるよりかは振動を抑えられるし、身体をベッドから移さずそのまま運べるから、負担は最小限に抑えられる……)」

 とはいえ、突発的に考えて試作即実戦投入だ。前後には持ち手がついていて念のため兵士さんを2名、そこに配置している。


 下の車輪台と一体化しているサイドカー的な椅子は、車輪台の重さを増して安定させるための重石の役目を担ってる。





「準備は良いようですね。くれぐれも慎重に移動しましょう、護衛の皆さんは周囲の警戒を怠らないように」

「ははっ、お任せください殿下!」


「では出発です!」



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