第267話 城攻めの作戦会議です




 ヴェオスに対して、正面きって軍事行動を取るためには、まずヴェオスの正体を世間に浸透させる必要がある。

 ヴェオスが “ マックリンガル子爵 ” を装ったままだと、国を割っての内乱にしか見えない状況になってしまう。


 メイレー侯爵にしても、そこまでの事になるとは考えてない。人間同士の戦争という経験がない以上、不義不忠者に制裁を課す、くらいの感覚だ。


 だけどもしメイレー侯爵とマックリンガル子爵が本当に軍でぶつかりあったら、確実に大事に発展する。本人たちだけで終わらない、過激な反王室派貴族なんかが我も我もと手をあげて馬鹿をやらかしはじめない。


 ただでさえ王都の動乱があったばかりだ、ヘンな熱が残っていて勢いそのままに兵をおこされたらたまったもんじゃない。






「―――ですから、まず白日の下にヴェオスの正体を晒す事が絶対不可欠となります」

 それも、誰もが納得する形で、だ。


 人伝に聞く衝撃的な話は、逆に尾びれがついている大袈裟なものと疑うもの。確実に真として広く伝わらせるためには、ヴェオスが魔物であることを、大勢の人間が目にするような状況に持って行かなくちゃいけない。


「しかし殿下、ヤツは何十年と正体を偽り続けてきた者……簡単にそう尻尾は見せないのでは?」

 僕は今、メイレー侯爵の後陣にいる。そこでリジュムアータのさらなる治療とケアを行っている間、侯爵と今後について話し合っている最中だ。


「ええ、おそらくヴェオスの正体を知っているのは、あちら側でも彼の真の手勢である人を装っているという魔物達だけでしょうね。おそらくマックリンガル子爵領の領民の方々も、ヴェオスの正体を知る者はいないでしょう」

 しかも領地では善政をしいてきた。仮にヴェオスが子爵ではないと知れ渡ったとしても、ヴェオスを支持する領民は多く出て来るだろう。

 なのでヴェオスの正体が魔物であるところまで、ハッキリと明らかにしなければいけない。


「侯爵、気付いていましたでしょうか? 実はその点で言いますと、今は結構チャンスだということに」

「? それはどういう事でしょうか?」

「ヴェオスは城内に自分の手下の魔物を置き、あまり城の中には兵を入れていません。それは何かの拍子に、手下なり、あるいは自分なりが魔物と気付かれないようにするためです。だから、十分に収容可能なはずのあの城の前に、多くの兵士を駐屯させています。そして、あの兵士達は―――」

「―――子爵領の民たち、と!」

 そう。一番のポイントはそこだ。


 兵士達はヴェオスによって徴兵されてここに来ている。

 僕達が手を打って、仮に子爵領内にヴェオスの正体を触れ回らせてみても、信じる人は中々出てはこないだろう。


「(それでも一応、ウワサを流させてはいるけどね)」

 だけど、近しい家族や知人の言葉なら話は別だ。



「あの兵士達が見ているところで、ヴェオスの正体を暴いてみせることができれば、子爵領内の民たちは今後、ヴェオスに従わなくなりますし、兵士達もヴェオスのために命がけで戦おうとはしないでしょう。元より訓練などロクに積んでいない人々でしょうしね」

「なるほど……確かに、城内にまだ魔物を隠し抱えているとするならば、敵の1万5000の兵を無力化する事ができれば、我が方は丸々、本命たるヴェオスとその手勢のみに注力できますな」

 理屈ではそうだけど、問題はヴェオスをどうやって引きずり出すか、だ。

 兵士達に見える場でヤツに魔物の本性を出させる―――それが一番難しい。



「ヴェオスは、あくまで表向き “ マックリンガル子爵 ” です。いわば大将なわけですから基本は城の奥で構えていて、前には出て来ないでしょうからね。一切の戦闘なく、ヴェオスを引きずり出し、魔物の本性を皆の前でさらけ出させる……」

「難しい話ですな……やはり、多少の被害は致し方ないと割り切るしかないのでは?」

 あるいはリジュムアータ救出の際に、城内の魔物に追いかけられて来るぐらいの方が良かったのかもしれない。

 順調に助け出せた分、魔物の存在を表に引っ張りだせもしなかった。


「(いや、リジュムアータの状態を考えるとこれでいいんだ。もし欲張っていたら、彼女は死んでいたかもしれない)」

 もう一度、城に小隊を潜入させ、今度はあえて見つかって魔物を城外まで引っ張り出してくる、という手もなくはない。


 だけど相手は魔物だ。引っ張り出すという事は追いかけられながら戦う難しい撤退戦を強いられる。

 相当な手練れでないと、魔物相手にそれを成してかつ生還するのは困難だろう。


「(アイリーンがいてくれたら、と思うけど……いつ帰ってくるかまだ分からないし。……まさか脱出後、道に迷ってるとかないよね?)」

 さすがに少し心配にはなるけれど、今はお嫁さんアイリーンを信じるしかない。



 メイレー侯爵の気性を考えれば、今すぐにでも真正面から全軍突撃したいと内心ウズウズしてるに違いない。

 何も知らない相手の民兵には申し訳ないが、いくらかは蹴散らして城内に突入し、ヴェオスを引きずり出してくる―――メイレー侯爵の考える最適解はそんなところだろう。


 だけどそれをやって、ヴェオスを引きずり出せなかった場合、ヴェオスは公明正大にマックリンガル子爵として叫ぶことができる ” メイレーは我が領民を傷つけた ” って。

 そうなったらもう内乱一直線だ。ヴェオス自身は手の届かないところで引きこもり、より大軍を編成して侯爵に差し向けるだけでいい。


 長期化する戦乱の幕開け―――それはもっとも避けなくちゃいけない事だ。




「やはり、ここは多少の犠牲もやむなしと正面から突入して―――」

 僕が想像していた通りのことを、まさに侯爵が提言しようとしたその時。


「……それは悪手……だよ、侯爵……殿下はそれをすると……最悪の、事態になる……って、分かってる……から、渋ってるのに、さ……ッコホッ」

「!」「!?」

 か細く、途切れ途切れに、今にも消え去りそうな、それでいてよく耳に届く声。



 侯爵と僕が振り返ると、そこにはシェスカに支えられながら蠢いている毛玉がいた。



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