第265話 無事の帰還に喜んでる暇はありません




 まず、ヘカチェリーナ達が帰ってきた。もちろん救出対象込みなわけだけど……



「急いであの・・ベッドの準備を! それと薬類はすべてすぐ使えるところに出して並べておいてください!」

「はっ!」「かしこまりました!」


 そんな広くもない小屋の中で、多人数が動く。

 運び込まれたリジュムアータは、本当に酷い状態にあって、その命には一刻の猶予もない。


「リジュちゃん、リジュちゃんっ」

 涙を浮かべながら、微かな呼吸だけをしている妹の手を握るシェスカ。


 今にも決壊しそうなのを我慢しているのは、泣いて迷惑をかけて、リジュムアータの手当ての邪魔になってはいけないという気持ちがあるんだろう。


「殿下、ベッドのご準備が整いました!」

「ご苦労様です。ベッドはそのまま待機を。まずはお湯で身体の表面を素早く拭ってください。こちらの薬を使用します。治癒術士の皆さんはベッドの周囲で治癒の準備に入るように!」

「かしこまりました!」「はい、ただちに!」「了解いたしました! お前達、すぐに詠唱に入るぞ、急げ!!」

 ヘカチェリーナ達が僕らのところに到着してから1分と経たない内に、潜入組へのねぎらいの言葉もほどほどに治療の準備をし、取り掛かっていく。


「(少しは予想はしてたけど、これは……ううん、悪い想像は、今はいらないっ)」

 やれることを1秒でも早くやる。


 僕は手にした1本の薬をじっと間違いないか確認するように何回もそのラベルを読んだ。


  ―― ポーション・治癒 ――


 それは、ヴァウザーさんの試作したポーションの1つ。そして現在、もっとも僕の知る、前世のゲームなんかでよくある回復ポーションのそれに近しい効力を持ったものだ。



「(問題は、回復の効力が非常に遅い・・。ヴァウザーさんも最初、いつまでも何も起こらなさすぎて、失敗したと思いかけたっていうくらいだから……)」

 このポーションの作用は、まず肌表面から体内に浸透し、浸透しきったところでじんわり、やんわりと身体の肉体の治癒と体力の回復をもたらす。


 その効力の発揮ぶりは、本人の血の巡りに由来しているから、健康な人ほど効果が出るのが早くなるらしい。


 血の巡り、っていう言い回しを聞く限り、どうやら新陳代謝とか基礎代謝の事だと思われるから……



「(本人の内臓器官、ここに治癒魔法をあてる)」

 手順を確認した僕は、汚れていた身体を拭われ、横になっているリジュムアータの肌に、ポーションの薬液を薄く塗りはじめた。


 緑とも青とも見える、変化する輝くような照りが肌の表面を覆っていき、それがゆっくりと淡く、時間をかけてじんわりと色が薄れていく―――薬液は確かに、リジュムアータのやせ細った身体へと浸透しているようだ。


「……、シェスカ、その黄色の薬を水に溶かして混ぜておいてくれませんか?」

「?? は、はい、わかりましたっ」

 涙でグシャグシャになってる目元を腕で拭うと、メイドさんから受け取った水と黄色い薬液の入ったポーション瓶を手に取り、恐る恐る混ぜ合わせていくシェスカ。


 体力のない患者向けの、一時的な栄養補充な効果があるとか。説明を聞く限りだと、前世でいうところの栄養を点滴するようなものっぽい。


「(内臓も弱り切ってるみたいだから、直接全身の細胞に栄養を届けるようにしないと……)」

 ポーションの薬液を全て塗り終えた僕は、メイドさんに布を貰い、両手を拭う。

 そして一生懸命水と黄色の薬液を混ぜてるシェスカの肩に、ゆっくりと触れた。


「その薬液は、彼女の命を繋ぐためのものです。肌から吸収する食事のようなもの……とでも思ってください」

「お、お食事……ですか??」

 まぁそう言われても納得できないよね。ただ黄色いだけの水が食事とか言われても。

 だけど悠長に説明してる時間はない。

 

 リジュムアータの身体を確認する……よし、僕が塗ったポーションは、全部体内にしみ込んだみたいだ。



「その薬液を、ゆっくりと慎重に、彼女の全身の隅々まで塗ってあげてください。治癒には体力がいります。彼女の命を尽きさせないためにも、丁寧におねがいしますね」

「は、はいっ」


  ・


  ・


  ・


 とても薄く希釈されたハチミツを塗りたくられたような状態になったリジュムアータの身体は、それでも青白さが勝って見える。


 実際、僕が彼女の肌に触れた時、その体温は極めて低くて冷たいと感じたほどだ。


「(間に合わない……? ううん、間に合わせるんだ、弱気になっちゃダメだ)」

 シェスカの時とは違って、彼女は意識もなければ呼吸も弱い。まさしく死の淵にある状態だ。


 今度ばかりはと不安になるけど、でもやれることはやった。

 後は黄色の薬液が全部身体に浸透しきるのを待って、治癒術をかけてもらうだけ。


 ……それでやれることが全部だなんて、本当にこの世界の医療はまだまだ全然なんだなぁと思わずにいられない。




「お疲れ様でした、ヘカチェリーナ。それに皆さんもよくやってくれました」

 小屋を出た僕は、さすがに疲れてぐったりしているヘカチェリーナ達、潜入組の面々に、遅まきながらながら声をかけた。


「ホント、さっすがにちょい疲れたし。……殿下、あのコ……」

「ええ、かなり厳しい容態です。持てる中でも最高の治療を施しはしていますが、それでも命を繋ぎきれるかは……」

 一様に暗い顔になる。だけど、こういうシリアスなことはお茶を濁すことなく、キチンと本当のところを言っておかないと。



「ところでヘカチェリーナ。アイリーンはどうしましたか?」

「ああ、それね。ん-と、あの城から脱出するときに邪魔な位置に魔物がいたんで、アイリーン様がそれを潰して死骸を別んとこに転がしに行ってくるってなったの。それで、” 合流遅くなっても心配しないで予定通りにって言っといてー ” だって」

 状況はすごく簡単に想像できる。だけどさらっと魔物がいたって……


「……やはり、ヴェオスはまだ周囲に置いていましたか」

「んだねー。アイリーン様が言うには、城内回ってる最中に30回は遭遇して処理してきたって。見た目はごっつい鎧でガチガチに固めてる風な鎧兵士っぽかったけど、中身は……ってヤツ?」




「(ということは、人間の兵士は城外に、本当の手勢は魔物でかためて城内に、ってことか……)」

 そのうちリジュムアータが、軟禁していた部屋からいなくなった事にヴェオスも気付くだろう。

 その時、どんな行動を取って来るか……それ次第じゃあ、こっちもドンパチする覚悟を決めないといけないかもしれない。



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