第253話 急いで手立てを考えます




 ヴェオスの小城からの帰りの馬車の中で、僕達はアイリーンからお話を聞いていた。


「……そうですか、それほど酷い状態に……」

 痛ましいことになっている可能性は高いだろうとは思っていた。だけど、シェスクルーナの妹、リジュムアータの命は死の淵にある―――逆に言えば、今この時、あの小城まで移動させられてきていたのは、救出せんとする僕達にとっては非常に助かった。


 これでもし遥か遠く、子爵領内にいられたなら、手を伸ばせないままに彼女の生命は確実に尽きていた。




「ぐすっ、……リジュちゃん……ぐすんっ……」

 アイリーンが城を後にしてから報告したのはナイスな気遣いだ。もし城内にいる内に報告を聞いていたら、シェスカは涙を堪えられず、あの場でひと悶着するハメになっただろう。


「シェスカ、安心なさいな。貴女の妹は必ず殿下と私たちが救いだしますわ」

 隣に座るクララが、よしよしと慰める。

 年齢はそう違わないんだけど、成長著しい彼女と小柄で華奢なシェスカの対比のせいか、実年齢以上に開きのある姉妹っぽく見える。


「それで旦那さま。……そのリジュムアータから、お土産にとこれを持たされました」

 小さな丸めた紙。だけど広げると 横20cm×縦30cmとそれなりの大きさになって、その紙面には―――


「―――これは、城内図でしょうか? ……ん? これは…もう1枚重なって……」

 一見すると1枚の紙に見えるが、端の方が僅かにズレて2枚目の存在に気付く。


 2枚目は非常に薄い。迂闊に扱うとすぐに破けてしまいそうな感じで、僕は慎重にはがした。




「これは、凄い……。こんなに緻密かつ、詳細に記されて……」

 思わず息を飲む。この破れやすそうな薄紙に非常に小さい文字で、しかしハッキリと読める文章がこれでもかと敷き詰められていた。


 内容はヴェオスの正体に始まって、彼がこれまでやってきた事から分かる範囲でのヴェオス側の手勢や内情などなど……大量の情報が、その薄紙1枚に宿っていた。



「1文字書くだけでも破けそうなのに、こんなに……す、すごいですね……」

 アイリーンが驚きと共に、途方もない文筆技術に呆れも感じるように感嘆する。


 だけど真に凄いのはそこじゃない。


「いくら文字が小さいといっても、この小さな紙面にこれだけの情報量を込めるだなんて、相当にまとめるのが・・・・・・お上手なんですのね……素晴らしいですわ」

 そう、本当にスゴイのはクララの言う通り、簡潔かつ的確にまとめ上げられた情報の方だ。


 この小さな紙1枚ではどうしても記せる内容には限りがある。


 そこにこれだけの情報を詰め込むには、情報を精査する力と、不要な文字を削いでなお読み手が内容を把握できる文章力がないと到底できない。


「(兄上様達や、王城に詰めてる熟練の文官達でもここまでするのは無理だろうなぁ……凄い)」

 前々から、リジュムアータが頭が良くて大人顔負けの才能の持ち主であることは、シェスカから聞いている。

 だけどこの紙1枚だけで、その凄さを示していた。


「(きっとこの紙は、自分がもし命尽きた時用に作っておいたんだろうな……)」

 自分の死後、時間がかかったとしても心ある者がこれを見つけてくれれば、その後のヴェオスを追い詰めるための布石にしてもらえる。


 可能性は万に一つでしかなくとも、そういう準備をしていた―――だけど、言い換えればそれって、本当にもう彼女の命に余裕がなくなってきているという事。



「……僕達も、急がないといけませんね」

 そう呟くと、クララとアイリーンが無言のまま頷く。


 そうこうしているうちに、僕達の馬車はメイレー侯爵の陣に到着した。







「御無事で何よりでございます、殿下」

 メイレー侯爵が恭しく出迎える。その隣には僕達に先行して来ていたヘカチェリーナもいた。


「出迎えご苦労、侯爵。ヘカチェリーナも先触れご苦労様」

「何の何の、ただのお使いだし、大したことないってー」

 ヘカチェリーナの態度に、頭を下げたままムッとした視線を横に向ける侯爵。


 まぁ彼の性格からして、ヘカチェリーナの言動は受け入れ難いだろうなぁとは思ってたけども。



「……ともかく、色々と掴むことができました。ですが同時に、あまり時間がない事も判明しましたので、すぐにこれからの事を打ち合わせ致しましょう」


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 レイアと宰相四夫人は、セレナとタンクリオン達に任せてメイトリムに。


 僕達も一度帰るつもりでいたけれど、状況からしてもう1日も無駄にできそうにない。


 リジュムアータを助け出せたとしても手遅れじゃ意味がないし、アイリーンが<アインヘリアル・鳥>で聞いてきた一週間というのも希望的観測だと見るべきで、実質的な猶予は多分数日くらいしかない。



「僕達がメイレー侯爵の陣に留まっていては、ヴェオスは不審に思うでしょうが、今日はもう日暮れ近いですからね。一晩はこの陣にいても大丈夫でしょう」

 何より小城での会談の時も、僕は何も知らないお子ちゃま王子を演じた。

 用意した書類を読んで会話し、時折クララに文章の読み方を聞いたりといった事を挟んだので、ヴェオスの目から見れば正しく出来損ないのお飾り王弟にしか見えなかったはずだ。


 なので僕への侮りは今、最高潮に達しているはず。



「なのでまず明日です。僕達がこの陣を離れた後、侯爵には軍を動かしていただき、小城の側面を通り抜けようとするかのような素振りを見せて頂きたいのです。そうしますとヴェオスは必ず、突っかかってくるでしょう。……最悪、有無を言わさずに戦力を差し向けて来る可能性もあります。ですがもし、会話が出来る展開であればこう言ってください――― “ 大街道が塞がれているのであれば、脇を迂回して通るしかない。我々はこの先に用事がある ” と」

 そこでヴェオスを引き付けておく。その隙に僕達は大きく迂回して、小城の反対側に回る。



 そこから、リジュムアータ救出計画はスタートだ。




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