第215話 収束させない怪客です
クワイル男爵から “ ケルウェージ ” の残党狩りが終了したって伝令がきた。
「ヒルデルト閣下は軍を整え直した上で、こちらに合流なされるとのことです」
「ご苦労様でした、男爵によろしくお伝えください」
これでようやく “ ケルウェージ ” の件は決着がついた。だけど一大組織の残党が狩り尽くされたというのに、街道を狙う賊徒は細々ながら出続けていた。
「(やっぱりどこかの貴族の差し金だろうなぁ……。王都にいた別の賊か、あるいはもっと違う土地にいたのを引っ張て来たのかは知らないけど)」
ただ賊徒に街道が脅かされる状況は、悪いことばかりじゃない。逆に送り込んできたのを捕まえれば情報源になる。
もちろんみんな口はかたい。けど、余所から来たなら本命の情報以外にその土地の情報を持っている。今回の件に直接関係なくっても、色々と知ることが出来る。
「見張り台に異常はなさそうですか?」
「ハッ、今のところ問題は起きていないようです。少なくとも異常を知らせる狼煙は上がっておりません」
王都方面の外壁の上。村の外を見張る兵士さんの報告に、ちょっとだけ安心する。
街道の安全確保のために一定間隔で設置した見張り台。定期的に狼煙をあげて状況を伝達する仕組みだ。
とはいえ簡素な台……というか
賊達が破壊に来ないのは、それでこちらが対処に出てくるのを恐れてるのか、それとも日々、アイリーン率いる掃討隊を警戒して余計をせず隠れる事に徹してるのか……。
それでも数日に1度程度の間隔で、街道を移動する者に襲撃かけてくる。
ほぼ毎日狩っているので、もう大規模な集団はいないけど、それでも根強く賊はいる。
「(こっちに仕向けてくるにはもう期を逸したはずなのに、しつこいなぁ)」
捕らえた賊の何人かから雇い主の名前はちらほらと聞き出せてはいる。けど、対外は聞いた事のない名前だった。
彼らが嘘をついてるか、雇い主が適当な人間を挟んで彼らを雇って仕向けたかってとこなんだろうけど……
「(王都の乱が収まりつつあるらしいから、今は逆転の手を得たい一心で仕向けてくるのかもしれないな)」
兄上様達に追い詰められつつある、行動を起こしてしまった迂闊な貴族たち。自分達に圧倒的不利な状況を覆すために、僕達の中で1人でもいいから手中にすることを狙っているのかもしれない。
と、すると―――
「―――明日の掃討の隊にはもう少し兵力を割きましょう……ウォーシュ兵長はどちらにいるかご存知ですか?」
「兵長でしたら先ほど、気の抜けている門番の指導に行くと殿下と入れ違いで降りられていきました。呼んで参りましょうか?」
ウォーシュ兵長。いわゆる老兵と呼ばれる歳のベテランだ。
僕と一緒に王都から来た500人の護衛の1人で、前々からクワイル男爵の私兵達の練度がなっていないとして、指導に当たってる。
おかげで男爵の私兵も以前よりは少しマシになったって、アイリーンも評価してた。その指導力はどうやら本物らしい。
指導以外では、今このメイトリムにいる兵士さん達の配備管理を担ってくれてる人だ。
「いえ、こちらから参りましょう。僕が行く事で、気の抜けている門番さんの気も引き締まるかもしれませんから」
軽口を交えて緊張気味の兵士さんをほぐしながら、僕は外壁を後にする。護衛の兵士さん2人も軽く同僚に挨拶してから後に続いた。
「街道は賊徒が現れるとはいえ、このメイトリムは今のところ平穏ですから、気が抜けるのも致し方ないでしょうね」
「申し訳ございません。我らも気持ちを引き締め直します」
「油断は禁物、でございますな」
護衛の兵士さん2人は真面目で頼もしい。
アイリーンがこの2人なら大丈夫と太鼓判を押しただけあって、いかにも戦えそうな雰囲気だ。
「よろしくお願いしますね。王都も気がかりですが、まだ西の事もありますから。どこからどのようなアプローチをしてくるか分かりませんので」
「「ハイッ!」」
・
・
・
そんなやり取りをしながら下へ降りて行って数分後、僕達は否応なしに気持ちを引き締められることになった。
「ハァハァッ、殿下! こちらへ来てはなりませぬっ」
門の様子がおかしい。遠目からでも異常が発生しているのは明らかだった。
ウォーシュ兵長が、その年齢に似つかわしくない立派な体格を、弱々しく揺らす。
『ジャァアアッ!!』
魔物だ!!
「出あえ! 魔物の襲撃だ! 出あえ!!」
僕はすぐに声を張り上げた。
時刻は昼―――アイリーンは掃討隊を率いて出ているので留守だ。
「!」「おお、ウォーシュの爺さんが!」「殿下を御守りしろ!!」
声が届いたところから、一気に兵士さん達が出てくる。
そして僕のところに15名、すぐ現場に走る者が15名と、互いに確認し合いながら自分が向かうべきところへと見事に移動する。
「5人、伝達に走ってください。2人は貴人への注意喚起と無事確認。3人はメイトリム内の他の兵士さん達に持ち場から軽々しく動かないよう注意するよう。あの魔物1体だけが敵とは限りません、全体で警戒を促すように!」
「「「ハッ! かしこまりましてございます!」」」
指示を出し終えた後、兵士さん達が走っていく。
それを見届けた後、僕は改めて魔物と現場を観察した。
現場には門番をしていたと思われる兵士さんが倒れてる。まだ小刻みに動いてるから、死んじゃいない―――よかった。
ウォーシュ兵長は自分が年なのをよく知ってるみたいで、門の幅を利用しながら上手く立ち回って魔物の気勢を削いでる感じ。その現場にすぐに向かった兵士さん達は、そのウォーシュ兵長に合わせるようにしてちょうど今、魔物に攻撃し始めた。
そして魔物はというと……
『ジュアァァアッ!!』
両腕が蛇みたいにうねってる。というか腕の先も完全に蛇の頭だ。
足は吸盤のないタコみたいな触手状で、ひーふーみー……10本ほどがうねりながら身体を支えてる。
奇怪なのは胴体。牙の生えた大きな口が人間でいうお腹あたりにある。だけどその口の上に目鼻の類は見当たらない。
「(頭部らしいものがない? ……というか、最初見た時、キメラ的な亜人かと思ったけど、よく見ると全然違うな)」
どっちかっていうと、メドーサボールとかああいうゲーム的なモンスターっぽい生き物みたいだ。
だけど、あんな異様な姿の魔物が突然、それも1匹で門へ襲撃……? その事に大きな違和感を覚える僕は、ついに平穏な時間が終わったのかって緊張した。
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