第212話 楔を打つ所が見えてきました




 王都の父上様と、シャーロットの " 眠ったままの騎士団スリーピングナイツ " から手紙が届いた。

 内容は各地の状況についてだ。




 東端の国境は一時、戦闘が激化しかけたようだけど今は小康状態らしい。これは多分、西でマックリンガル子爵が兵を起こした事に関係してる。


「(きっとタイミングを見計らって同時に状況を回すつもりなんだろうな。そうすればこっちは対応に苦しむことになる。今は子爵のおこした軍の進軍状況に合わせて、東の戦線はほどほどを保たせてると)」

 そもそも東国境戦線での魔物が攻勢を強めたのも、マックリンガル子爵が王の詰問団を殺害するっていう大問題行動に連動してた。

 (※「第166話 風雲急を告げます」参照)


 もし東の戦況が穏やかになれば西への目が鋭くなり、子爵からすれば困るはず。

 だけどそうはならない。今、王都と王城はてんやわんやになってるからだ。

 

「(王都とお城……つまり中央が西に目を向けてる暇がないから、東の戦線で魔物を暴れさせる必要がなくなった。先々の事を考えたら、見込む効果が重複する策を続ける必要ないし)」

 だけど少しずつ見えてきた。マックリンガル子爵の手口が。




「(子爵は常に、大きな火が付いている状況で新しい火をつけてる。中央の王権がその大きな火にかかりっきりになって、自分にまで手が回せない状況を作って動いてるんだ)」

 それは言い換えると、こっちが大きな事にかかりきりになる状態でなければ動かないということ。

 王都が1秒でも早く落ち着けば、子爵は動きを変えなくちゃいけない事にもなる。


「(でも王都が落ち着いたら、その時はまた東国境の戦況を激しくするよう、魔物側に働きかけるんだろうな。ほぼ反乱行動を起こしていながら、ほとんど王家ぼくらから反撃を受けずに済むわけだ)」

 かなり策士なやり口。だけど少しだけ違和感を覚える。


「(これまで存在感を消してこっそり事を進めてたような子爵なのに、急に動きが派手になった気がする……、繋がりあった組織を潰されて、焦って一気に勝負に出る事にしたのかな? でもそれにしては、起こした軍は慎重に動いてる感じだし……)」

 以前までのスタンスと現在進行形のスタンスがまったく違ってる。しかも正反対といってもいいくらいにだ。



「(まぁ、それはそれとして。今一番の問題、王都の状況は―――シャーロット達や父上様、母上様に問題はなし。王室派の貴族諸侯も落ち着いてる。反王室派の貴族も、一部の暴走に感化される様子はなし。兄上様達が、動きを見せてる貴族達を押さえるために兵士を密かに動員中―――と)」

 とりあえずは鎮圧に向けて順調ってことでいいのかな?


 だけど王都内で動いた貴族の私兵が闊歩してるとも書かれてるから、まだ安心できる状態じゃないっぽい。


「(表だっての動きは突発的で浅はかなのが多いみたいだし、王都に帰ることはまだまだ出来そうにないなぁ……)」

 とりあえず、王都とこのメイトリムの村の間の街道の安全はほぼ確保したと言っていい。こうして手紙が届いたのが何よりの証拠だ。

 今後は色々と情報のやり取りも出来る。少しずつでいい、焦りは禁物だ。





「(さーて、そうなると次に僕が取り組むべきなのは―――)」

 やっぱり西で軍を動かしてるマックリンガル子爵への対応だろう。


 王都から国境まで東西に真っすぐ走ってる大街道とその周囲1~2キロは、王様の直轄だ。これを侵食するように西から伸びて来てるマックリンガル子爵の進軍は、完全に反乱と断定できる状態。


 兄上様達が動けない今だからこそ、王弟として僕がどうにかするために、何かしら動くべきだろう。




「(マックリンガル子爵の軍は1万5000。今は、クワイル男爵領の西端から80km先にいて、1日あたり1km程度の進軍速度でじわじわこっちに向かってきてる……)」

 進軍が遅い理由は制圧した場所を固めるためだ。子爵が侵食したところに隣接する各領地の貴族をなだめたり説得したりして、侵攻を正当化しながら進んでるっぽい。


「(大街道とその周りを制してるのは、こっちが反撃に移った時に有利になるため……ってところかな)」

 軍勢は、数が増えれば増えるほど、不整地を移動したり運用したりするのが困難になる。

 だから “ 道 ” っていうのは古今東西、軍事的にはすっごく重要な “ 地形 ” なんだ。コレを制圧しようとするマックリンガル子爵の戦略は正しい。



「(だけど、それは真っ当に 軍 vs 軍 がぶつかる場合の話に限るんだけどね)」

 相手が大軍でなかったら?


 整備された大街道は隠れ場所がない。少数で引っ掻き回すのなら、むしろ大街道に陣取る軍勢は分かりやすいカモだ。

 街道の側面、荒れた場所からちょっかい出して逃げるのを繰り返すだけで、大街道にいる相手を削っていける。


「(こっちにはセレナとアイリーンがいる。少数で効果的に子爵の軍を削る戦略はいくらでも取れるから、1万5000をそこまで怖がる必要はない。けど……)」

 人間 vs 人間の戦争を歴史的に経験していないこの世界。

 こっちもそうだけど、マックリンガル子爵側の兵士さん達もどうなんだろう?


 戦略よりもむしろ戦う当事者の精神面のが問題だ。


「(山賊とかは明確に本人たちの意志で悪さをするわけだから、同じ人間でもこれに剣や弓矢を向けることに罪悪感は起こらない。けど人間の軍勢同士の場合は違う。兵士はどちらも上の命令に従ってるだけで、戦う本人の善悪がハッキリしてない中で戦うんだ。その上の善悪をハッキリさせていたって―――……ん、上の善悪?)」




 そのとき僕は、本質的な事に気づく。


「(……そっか、そうだよ。子爵の命令に従ってる兵士さん達は、子爵を善と信じてるから付き従ってるわけで……じゃあ、そこを突き崩すことができたら、1万5000の軍勢はもっと簡単にどうにかできるんじゃ?)」

 1万5000という数は決して少なくない。

 マックリンガル子爵が金で雇った私兵だけじゃなく、領地の民からも徴兵して動員しての兵力のはずだ。


 自分達が悪に加担していると思えば戦意は衰える。大部分の兵士は同じ人間の、それも同じ国の者に刃を向けて殺意を抱くことなんて出来っこない。




「(見えてきた! 後はどうすればソレが出来るのかの方法を考えよう)」

 小さな歯車が、ゆっくりと回り始めたような気がする。


 手紙を火にくべて完全に燃えるまでを見届けながら僕は思わわず、小さくヨシって呟いた。




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