第四章:ブラック・プリンセス

第211話 黒髪の少女と身中の虫です




『ダメ! 行かないで、行っちゃダメぇーーー!!!』


 真っ黒な闇へ遠ざかる背中。優しい微笑みと一緒に闇へ向かうあの子に、届かない手を伸ばして叫ぶことしかできない。


 追いかけようとすると、獣の手が私の両足を掴んだ。




『ひっ…!?』


 熱い―――身体が、全身が、お腹の奥が……痛い、そして冷たくなってく。

 ダメなのに。私が死んだら……あの子は何のために自分から闇へ歩いていったのか分からないのに。


『ぅああ……いや、いやだよぉ……こんなの、う、う……いや、やぁあっ!!』

 牙が見えた。大きな大きな口が私に向かってくるのが見えた。

 右腕がすごく痛い。傷ついたとかそんなんじゃ済まないくらいに痛い。



 怖い、苦しい、哀しい……嫌だ、嫌……こんなのっ、いやだよ……


 一生懸命くるまって、まるで石みたいになってぎゅっと目を閉じた。そしたら急に暖かく……明るくなってく。


 光が大きく広がってきて、私に牙を向けてたモノがかき消されて、そして―――





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 僕達が病室に到着すると、ベッドの上で確かにあの少女が目を開けていた。そして扉から入って来た僕達を、頭だけもたげながら見る。


「起きないで、そのままで結構ですから。楽な姿勢でいてくださいね」

 僕を見て少女は目を見開いて驚いてた。


 一目で僕が王弟だって分かるのは王都在住の人間か、貴族階級の家の者かのどちらかしかない。



「(やっぱりこのコ……)」

 改めて少女の姿をそれとなく観察した。


 綺麗な艶黒髪だったことを思わせる白髪混じりの黒髪。伸びきって、先端が軽くよじれたり曲がったりしてる多毛長髪。


 僕を見る、大きく見開かれた目の中の黒い瞳は、薄っすらと紫混じった黒曜石のよう。


 綺麗に拭われた肌はやはり玉のように綺麗だ。お風呂に入ってキチンと洗えば、透明感が増してもっと綺麗になりそう。


 肩幅が狭くていかにも華奢。身体の凹凸は少なく小柄だけど、ちょっとした所作や動作、身動きからはそこまで子供っぽさを感じない。


 歳はルスチア夫人と同じくらいだろうか?



「(さて、問題はどこの貴族の子供か、もしくは関係者なのかって身元についてだけど、まずは―――)―――気が付かれて良かった、気分はどうですか?」

 僕のショタっ子な見た目から、さほど緊張させずに済むと思いたいけどそうはいかないっぽい。

 少女は明らかに僕が誰なのか分かってる様子だ。見た目じゃなく、僕の身分に対して緊張してる。


「……あ、あの……、その、はい……気分は、……だ、大丈夫、です……」

「何がどうなってるのか分からないで混乱していらっしゃるかもしれません。ですが1つだけ、今はこれだけ分かっていただければと思います―――キミは助かりました、もう怖いモノは何もありません、安心して大丈夫ですよ」

「!! ……ぁ、……あ、ぁ……ぅ」

 嗚咽と共に、大きな瞳から涙がポロポロこぼれだす。僕は安心させるようにニッコリと微笑んだ。


「まずはゆっくり安静に。少しずつ食事もとりましょう、元気を取り戻すのが最優先です」

 






 少女が落ち着いてきたのを見計らって僕は病室を後にした。


「よろしかったのですか、殿下? 何かお聞きになる事があったのでは……」

 建物を出たところでメイドさんの一人がそう聞いてくる。僕は少しだけ眉をひそめた。


「あの状態ではまともに会話するのもまだ大変です。しっかりと回復してからでも遅くはありません。それに―――」

 僕は片手を軽くあげ、パチリとクセっぽく指を鳴らした。

 だからって何か起こるわけじゃない。けど、それは明確な僕からの合図。



「―――少女の身元もまだ分かりません。単なる民間人でしたら僕のように身分の高い相手だと、なかなか恐縮してしまうでしょうから、少しずつ慣れていただきつつ、ゆっくりと聞く事にします」

「でしたら私めが聞いておきましょうか?」

 はい、釣り餌にかかりましたっと。


 僕はこっそりと視線を、移動しようとしてる先に見えてる建物の傍に向ける。


 何人かの兵士さんが休憩中でくつろいでるけど、僕の視線を一瞬だけしかと受け止めて、何気ない仕草を装ったハンドサインを返してきた。



「あの状態の少女にあれこれ問い詰めようと言うのですか? 感心しませんね」

「ですが殿下、かの少女は何か重要なこと・・・・・をご存知なのでしょう? あまり時間を置くのもよろしくないのではないでしょうか?」

 通常、上位の者の意をくつがえす意見を述べるのは、相当に覚悟と意志がいる。

 しかも方針がすでに決められた上に、当事者の前でなくこうして離れた時に僕に代わって問い詰めようと申し出て来る。


「(少女から聞き出した情報を、いの一番に “ 飼い主 ” へと伝えようっていう魂胆がみえみえ。迂闊だね)」

 特に今は、一部の貴族達が王都でバカをやらかす動きを見せてる。当然僕らも色々と警戒するわけで、そんな中で功にはやった動きをするだなんて。



 ……メイドたちの中には、貴族家の3女4女から奉公に来てる女の子がいる。彼女らは、自分の家に王城や王家に仕える事で得た情報を伝えている。


 なので通常、重要なことには関わらせないのが常だけど今回はワザとだ。何せこのメイドは今まさに、王都で怪しい動きを見せてる一部貴族家の出の者なのだから。





「そこまでおっしゃるのでしたら、一つ頼みましょうか。ですが病室では何ですから、お話に適した部屋を用意させましょう。そこの・・・兵士の皆さん、こちらへ」

 いかにも適当にそこらにいた兵士さんに今声をかけました風に呼ぶ。


 お話のための部屋を準備させる―――ただし黒髪の少女とではなく、このメイドさんへの尋問おはなし用だけどね。





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