第195話 割れたティータイムです
――――――王都、王城。
キュートロース=ヘスン=ピュナレット第一宰相夫人はその日、何だか落ち着かない気持ちでお城の廊下を歩いていた。
「ふぅ……」
「! 大丈夫でございますか? 気分がお優れにならないのでしたらお部屋へお戻りに―――」
「いえ、心配には及びません。それに部屋で安静にしてばかりじゃ運動不足になってしまいますから」
にこっと微笑む笑顔は大輪のひまわりのよう。
明るく気取らない、しかし一定の品位ある夫人は、お腹の膨らみが分かるようになってから数か月目。待望の宰相第一子をその身に宿して久しかった。
(※「第150話 幸せは連鎖します」参照)
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「もう四六時中、周りから心配されっぱなしで……これじゃあ、こっちが気疲れしちゃうわ」
「仕方ないんじゃない? 旦那様の初めての子供だしさー、キュートって基本しっかりしてそうだけど、ヘンなとこでそそっかしいイメージあるし」
「もー、ルスチアちゃん?」
頬を膨らませて年下の同僚に抗議するキュートロース夫人に、対面して座っている彼女はいつもの気怠そうな雰囲気とは違って、楽し気にクスクスと笑った。
ルスチア=ハーク=アンストエリ第四宰相夫人。
宰相四夫人の中では最年少ながら、一番色気を醸している女性だ。
家庭医療に明るい彼女は、懐妊したキュートロース夫人の普段の悩みをよくお茶の席で聞いていた。
「あ、そのお茶はダメ。茶葉をエリウズモーレに替えて」
「かしこまりました、ルスチア様」
言われたベテランそうなメイドは、ズラリと並んだ茶葉の瓶の中に手にしていたものを置くと、言われた銘柄の瓶を取り直した。
「? 私、サゼーラも好みよ、どうしてダメなの?」
「サゼーラって実は量飲むと堕胎する成分あるからね。今のキュートは控えないとダメっしょ」
「ええっ、そうなんだ!? さっすがルスチアちゃん、詳しくて助かるー」
妊婦が口にしてはダメな食べ物など、事細かく教えてくれるルスチアは非常に頼もしかった。
キュートロース夫人は風格こそ第一夫人として、宰相というこの国の最高位に近い者の妻をしかと務めてはいる。
それでも夫の最初の子を身籠ったという責任感が重く感じる。
お腹の子を守るため、自分でも日々あれこれと調べたりしてはいても、やはり不安が大きい。
医療ごとに明るいわけでもなく、大抵の参考になる書物は不安を煽るような書き方をしてるケースが多くて、読み深めるほどに心が病みそうになるのだ。
しかし、ルスチアはその持ち前の軽さと雰囲気、そして意外な知識力でもってサポートしてくれるので、彼女と話すと気持ちが楽になる。
懐妊が判明してからというもの、キュートロース夫人が彼女を訪ねる頻度が増えるのは自然なことだった。
穏やかで幸せないつもの日常。
しかしその終わりを告げる、不躾で乱暴な音がその時、鳴り響く……
ガゴォンッ!!
「!? な、なに!?」
「エイルネッタ、
「はい、心得ております」
ルスチアに指示されたメイドはおもむろに空のティーカップを手に取ると、それを思いっきり壁に投げて割った。
すると部屋の周囲で、一気に気配が増し、室内にも兵士が数名、護衛メイドが5人飛び込んでくる。
「だいじょーぶ、護衛に来なさいっていう緊急合図だから安心してキュート。とりあえず大人しく座ってよーか」
「え、ええ……」
そうは言っても不安だ。一体何が起こったのか?
「申し上げます!」
飛ぶようにやってきて、部屋の扉をくぐったところで滑り込むように膝をつく兵士。その様子からただ事ではないと、その場にいる皆が察する。
「何かわかりましたか?」
ルスチア付きのベテランメイド――――――エイルネッタが主人にかわり、落ち着いた様子で兵士にたずねた。
「ハッ、魔物が多数、王城内に侵入! 各所で暴れており、乱戦状態となっております!!」
「っ!! あの人は……宰相様はご無事ですか!?」
思わず声をあげるキュートロース夫人に、兵士は首を横に振った。
「申し訳ございません。現在、城内は分断状態にあり、閣下と陛下のご安否確認には至れず……」
ただでさえ広大な王城だ。平時でも城内をくまなく走り回り、確認を取るのは時間がかかる。
だが魔物が城内に入り込み、戦闘が発生しているとなると城内を駆けまわるのでさえ困難。報告にきた兵士に出来たことは、魔物の侵入と交戦が始まっていることを確認することだけだった。
「……こっちも避難しなきゃだねーコレは。キュート、旦那様が心配なのはよっく分かるけどさ、キュートはキュートで守らないといけないコがいるでしょ?」
「! え、ええ、そうね……」
まだ引きずってはいるものの、そこは第一夫人。自分が今やるべきことを頭にしっかりと浮かべて、気がかりな夫の安否よりも自分のお腹の子を守ることを優先順位の上へと引き上げる。
彼女が気持ちの整理をつけてる間に、ルスチアは壁際の本棚を何やらモゾモゾしていた。
「ん-っと……たしかー、これを、こっちでこうで………」
ガコン
「おっけー、開いた。兵士さんたち、この本棚左に引っ張ってくんない?」
「「「ははっ!」」」
ガゴゴゴゴゴ……ゴゴンッ
ルスチアに言われるままに兵士達が本棚を引くと、隠された階段が現れる。
「手順忘れてなくってよかったー、ホントにここ使う日がくるとはねー」
それは王室関係者だけが知る非常時用の隠し通路。
当然、キュートロース夫人も知っている。兵士やメイドたちには知らされていない秘密だ。イザという時、無事に避難するために王家の人間が自分の判断で使用を決断する。
「んじゃ、数人先行よろ。後ろも注意忘れないでね」
「「はっ、かしこまりました、宰相妃様!」」
こうしてキュートロースとルスチアは避難を開始。
しかし暗い隠し通路を歩くキュートロース夫人は、夫をはじめとして他の夫人たちや王弟夫人たち、そして義兄である王様の安否などを心配する。
強い不安で胸が焦がれるも、懸命に気持ちが折れないよう心を踏ん張らせた。
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