第193話 王弟殿下の外科手術です



「これは……」

 僕は息を飲んだ。セレナが持ってきたものは、確かにこのコの千切られた右腕だ。けど……




「(傷口が少し荒れてる……この状態じゃ、繋げようとしたらヘンな事になりそうだ)」

 確かにこの世界でも指や腕が切断されたとき、切断された部位があればくっつく可能性は知られてる。


 でも医療が未熟な世界じゃ、その成功確率はすごく低くって、セレナの部下にもヘンな風に指が繋がってひん曲がってるような人や、片足が半歩分前に曲がってる人とかもいる。

 それらは魔物との戦いで切断されたのがヘンに繋がったからだ。


「(前世の知識を総動員すれば、確かに綺麗に繋げられるかもしれないけど……)」

 すごくプレッシャーだ。

 何せ自分は医者でもなければ医療関係の人間でもなかった。本音を言えば、こうして無惨な子供の横たわる姿を見てるだけでも結構いっぱいいっぱいだったりする。




「殿下、……大丈夫ですか?」

 セレナが心配そうな顔で僕を横から覗き込んでる。どうやら顔に出てたっぽい。

 僕は一度深呼吸を入れた。……やるしかない。


「(ヴァウザーさんから受け取った試薬は今のところ4本使った。血止め、洗浄消毒、自然治癒の促進、継続的な免疫機能の補助効果、そして……残り1本)」

 赤紫、青、緑、黄緑……そして黄。


 青と緑は希釈して使うタイプだったから、これらを溶かした薄青い薬水と薄緑の薬湯が残ってるので、兵士さんの手当なんかにも十分使えるし、腕の方の処置にも利用できる。


 黄緑のは直接塗布するタイプだったからもう残りはゼロ。


 そしてこの黄色は確か―――


「(肉体の再生促進―――たぶん細胞分裂を促したり補助したりする効果だ)」

 究極的に言ってしまえば、傷が治るという現象は細胞が分裂して増えて、傷口を塞ぐことだ。

 それは肌の表でも血管でもそう。子供の頃に怪我の治りが早いのは、成長のために大人よりも細胞分裂が活発だから。


「(擦り傷程度なら、薬なしでも2、3日で治る。だけど腕をくっつけるレベルだと、いくら子供でもそんな簡単にはいかない……)」

 何より完全に千切れてしまっている。皮膚や肉だけでなく、骨や神経まで切れてしまっている状態だ。

 これを上手く結合させるのは、いくら知識があっても素人じゃ絶対に無理。


 この場にいる医務担当の兵士さんやメイドさんだと人体の内部構造に対する知識が足りないから、つながったとしても100%、ヘンな繋がり方をしてしまう。



 その辺はヴァウザーさんの薬にかけるしかない―――そう思っていた僕の肩を、ちょんちょんとつつく指があった。



「殿下殿下、はいコレ」

「ヘカチェリーナ、……どんな効果を込めたんですか?」

 渡された棒っきれは、目を凝らさないと分からない程度ながら、ごく淡く輝いている。ヘカチェリーナのスキルで、何らかの効能が宿っているのは明らかだった。


「ん-とね、最初は薬の効果を最大限引き上げるとか、効果が上手くいくようにとか試したんだけど上手くいかなくってさ。で、別アプローチでちょっと考えてみたんだよね、“ 元通りになりますように ” っていうのはダメなのかなーって」

 もしそれが上手くいくなら、最強の再生効果だ。けどヘカチェリーナの表情は当たるも当たらぬもどっこいどっこいといった微妙な顔をしていた。


「やっぱそこまで都合よくはいかなくって……でも “ 出来るかぎり元通りの形になるように補助する ” ってな具合でグレード下げてみたら、上手く込められちゃったし。これなら少しはうまく腕くっつける役に立ちそうじゃない?」

 それでもヘカチェリーナは不安そう。


 効果を聞く限り十分すごいんだけど、確かに効果の内容は結構アバウトなので、どの程度の効果量が見込めるかが想像できない感じだ。


 もしかするとほとんど意味を成さないレベルかもしれないし、一発で綺麗にくっつけちゃうレベルかもしれない。




「ありがとうございます、ヘカチェリーナ。どのみち難しい治療です……やれることを全部やってみましょう」

 僕はまず、千切れた右腕の洗浄と消毒、そして自然治癒の促進の薬液を塗って、繋げるための準備を整える。


 メイドさんや兵士さんの中には、残酷な治療現場の様子に口を抑える人もいたけど、僕はしっかりと向き合う。

 まさか王弟様がみずから治療行為、それも手術に近いことをするなんてね。


「(よし、次は…この黄色の薬液を)」

 二の腕と右腕の傷口に塗布する。


 ほんのわずかにトロみがあって、傷口に絡みやすいのも、効果を意識しての事だろう。

 伸びがよくって、さほどの量を使わずに済んだけど、少し染みるのか塗った途端に少女が悶え苦しみはじめた。


「大丈夫……落ち着いて。今、薬をつけていますから多少染みるでしょうが心配はいりませんよ」

 セレナが優しく励ましの言葉をかける。完全武装とは思えない包容力ある雰囲気が少女に届いたみたいで、息を乱しながらも頑張って落ち着こうとしてる。



「ありがとうございます、セレナ。……では、腕をつなげます」

 ヘカチェリーナが少女の右肩部分に手を添える。

 僕は右腕を持って、両方の傷口をよく観察しながら正確な角度と場所を見出して、ゆっくりと傷口同士を合わせた。


「(細かい神経や血管はさすがに肉眼じゃ分からない……けど、せめて骨と大きな血管部分は正確に合わせないと……)」

 緊張しながら、傷口を完全に合わせた。そしてヘカチェリーナから貰った棒っきれの先端で、傷口をゆっくりと突く。


「……っ、っ! ……ぅっ」

 少女の悶える声。ヘカチェリーナが動かないように右肩をしっかりと抑える。棒から淡い光が、徐々に少女の右腕に移っていく。まるで注射器の中身が患者の体内へと移っていくかのよう。


「………セレナ、その包帯をこちらの水に1度つけてください。破傷風を防止する薬液です」

「! かしこまりました、殿下。……こちらでよろしいでしょうか?」

「はい、ありがとうございます。それを繋げた部分にまずふた巻きほどしてください。その上に、この棒っきれを置いて、しばらく動かないように固定します」

 さらにその上に普通に包帯をまいていく。これで施術はおしまい。




 あとはきちんと繋がってくれるのを祈るばかり―――僕は、いつの間にか止めていた呼吸を再開して、両腕を後ろについて天井を仰いだ。




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