第192話 市街地戦の現場です




 ――――――攻撃。


 それはたった2文字の、声にしても4文字の発声で済むシンプルな言葉。

 しかし真の強者がソレを行えば、示されるその深さはケタ違いとなる。





 ヒュッ……ザシュウッ!!


『ギャアアアアァッオ!!!』


 ビュンッ! ドシュ!


『フギャァッアッ!!』


 シュバババッ! ブシュブシュブシュウッ!!


『ギニャアォオオオッッ!』



 剣を振るうというシンプルな行為で、ここまで多彩に様々な攻撃を繰り出す人間を、セレナは見た事がなかった。



「(これが……最強クラスの実力者の一端なのですね)」

 驚嘆すべきはこのレベルに、もっとずっと若い年の頃に到達していたという事実だ。


 アイリーンというこの王弟妃は、すでに10歳かそこいらの頃に、今のセレナ達王国正規軍の一個中隊級の戦力を、その身1つで上回っていたのは間違いないだろう。

 その強さが常人離れしているのを分かっていたつもりだったが、こうして目の前で見せられると、思わず呆れて笑ってしまう。



「ヒルデルト閣下、地上への撤収が完了いたしました。新たな怪我人はなし、全員無事です」

「では動ける者は速やかに周辺に展開を。魔物をここで仕留めます、絶対に逃がさないよう大きく包囲展開させなさい。完了後、アイリーン様の援護行動を開始します」

「ハッ!」

 兵士がセレナの指示を受けて移動しようとしたその矢先、アイリーンが一度魔物との間合いを離して、目の前に降り立った。


「ふう、広くなったっていったってやっぱり下が瓦礫じゃ立ち回りがちょっと大変。セレナ様、先にこれを旦那さまのとこにお願い」

 そう言ってアイリーンが手渡したのは彼女のマントに包まれた細長いもの。さほど重くはなく、堅そうでもない。


「保護したコの腕。傷口次第だけど、もしかしたらまだくっつくかもしんないから。……よろしくっと!」


 ヒュバッ!


 魔物が隙をついてこの場から逃げ出さないよう、アイリーンは目ざとくその動きに合わせて再び攻勢に出る。

 自分の4~5倍はある敵に難なく向かっていく様は、むしろ戦いの中でリラックスしているようにも見えるほど、余裕ある雰囲気だった。


「……す、すごい方……ですね」

 兵士がポカンとするのも無理ない。

 セレナは思わず苦笑し、両肩から無駄な緊張を解いて深呼吸を1つ挟んだ。


「……あの魔物、アイリーン様にかかれば本当にただの大きな猫に見えてきますね。……では私はこちらを殿下に届けます。その間、こちらはよろしく頼みましたよ」

 比較的、ケガの軽い兵士を選んで後を任せると、セレナは立ち上がり、逆に比較的ケガの重い者を呼び集めだす。


「はっ、お任せを!」

 兵士の返事を待って、セレナとケガした兵士達はその場を後にした。









―――同時刻、町の別のところ。



 アジト突入前に、周辺に広く配置された兵士の小隊の一つが、ソレを発見する。


「これは……隠し扉? デカい」

「あからさまに怪しいな。まさか近隣の住人が日常的に利用している場所なわけはないよな?」

 その位置は隠そうとする意図がみえみえの建物の影。しかも辺りは路地の込み入った場所。それでいて道を上手くたどれば、町の外にこっそり出ることもできる、絶妙なポイントだ。


 そんなところに町の石畳と同じ模様の板で、軽くフタをしてあったその場所には、町の造りにそぐわない、緩やかなスロープで地下に食い込むように下がっていく。降りきったその先は、横長の長方形に整備された、少しずつ下へと降りてゆく綺麗なトンネルがあった。



「方角的に、通じているとしたら例のアジトの地下だな」

「別の出入り口、ということか? ……けど、人が出入りするにしちゃ大きく造りすぎだろ」

「……人じゃない。例のアジトの出入り口は狭い路地にあった。けど今戦ってるデカい魔物は、そのアジトの地下2階に・・・・・いたんだろう?」

 その言葉に彼の相棒はハッとする。


「!! まさか……ここは搬入路か!?」

「ああ、その可能性が高そうだ。魔物だけじゃなく、荷物とかいろいろヤバいものをこっから運び入れてたのかもしれねぇ。お前はすぐにここの事を閣下か殿下に伝えに走れ。もしかするとまだ中に何かいるかもしれないから、調査にゃ増援が必要だって言うのも忘れるなよ」



「わかった、ここを固めておいてくれ、すぐ応援を連れて戻って来る!」

 そう言って走っていった相棒を見送ると小隊長らしき彼は、他の部下にも命令を出してゆく。


「お前とお前は、近くに展開している小隊に走ってくれ。こちらに合流してほしいと。お前達は念のため、ここから町の外までの導線をチェックしろ。残りはこの場を固める。万が一トンネルの奥から何かが出てきそうな気配が合った場合、応援が来るまで俺達でこの場を死守だ、いいな!」

「「「はいっ!!!」」」


 部下に覚悟を促しはするものの、彼とて何もないのが一番だと心の中で望む。




 だが、往々にして嫌な予感というものはどうして当たるもの……

 待ちぼうけて暇を持て余す時間は、彼らには与えられなかった。





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