第188話 暗獄の猫獣です
『フシャアァアアア!!』
魔物がこっちを向いて威嚇の声をあげた。けど既にセレナと3人の兵士さんが展開して、部屋の角を囲んで間合いをジリジリと詰めていく。
「背の高い……猫?」
もちろん猫じゃないのは分かってる。暗闇に浮かび上がった姿を見た印象がそういう感じってだけだ。
魔物は二足歩行で立ち上がってるように見えるけど、四足歩行動物にたまにいる二足で立ち上がる(あるいはお座りする)あの感じだ。
胴が長くって、首の直下あたりの背を丸めないと天井に首と頭をぶつけるので、下から照らされる松明の明かりでとても迫力がある。
天井までの高さはだいたい3.5mくらいだから、それで考えるとあの魔物はもし完全直立できたら5mはありそう―――かなり大物だ。
「
セレナの声に僕が2歩下がると、二人の兵士さんが前に出て壁になるかのように構える。
さらに後方で周囲に備えてた2人が、他の危険がないのを確認し終えたると同時に僕と最前列の間へと位置取って、4・2・2の列陣を形成した。
『フーッ!!』
いつでも振り下ろしてやろうと言わんばかりに持ち上げてる両手も肉球が見当たらない。
どちらかといえばその手は、三本指の細長い熊手(道具)を思わせる。爪は短いけど鋭そう。
そして、何より怪しいのがその尻尾。
尾の付け根から先端までビッシリと、様々な方向にむけて針が飛び出してる。なんていうか、バット部分が柔らかく曲がる釘バットみたいだ。柔軟にしなる分、あれで殴られたら、釘バットよりもエグいことになりそうだけど。
「(最初の魔物の威嚇の声はかなり大きかった。他の兵士さん達にも聞こえたはずだから、すぐに応援はくるはず。だけど―――)」
どうやら
『ウウウウ、ブジャーーーッ!!!』
口元に真新しい血がついてる事から食事中だったんだろう。邪魔されてとてもお怒りだ。
両腕をそれぞれ1度ずつ振るって、一番距離の近い兵士さんに攻撃をしかける。
けど兵士さんも負けてない。絶妙に間合いをとって、鞘を盾がわりにしながらそのひっかき攻撃を上手くかわした。
「くっ、さすが素早いっ。どうしますか、ヒルデルト閣下」
「………」
セレナが一瞬だけ僕を見た。だけどその視線は僕に意見を求める風じゃない。僕がこの場でどうする事を求めるかを推察しようとする目だ。
「……ここで仕留めます。保護・回収すべき対象がいる以上、殿下はそれをそのままにして逃げ帰ることを良しとなされる御方ではありません」
もし僕達がここで逃げたら、あの子はすぐに食い殺されてしまうだろう。
「(それはとても寝覚めが悪い。僕達がいくら助かっても、確実に一生引きずることになる)」
それは兵士さん達も同じみたいだ。それぞれお互いに頷きあって、覚悟を決めあっていた。
・
・
・
ギィッ、キンッ……ガッ!
「今!!」
「うっおおおーーー!!」
ザシュッ!!
『フギュラァアアッ!!!』
爪を突き立てようとする
それで魔物が一瞬硬直するのにあわせて兵士さんが斬りこみ、確実にダメージを与えていく。
強力な一撃は加えにくいけど、この場所が有利に働いて、セレナ達はさほどのダメージも消耗もなく、順調に戦闘を進めることができていた。
敵にとってこの地下は狭い。本来ならもっと機動力がありそうな魔物なのに、身動きに四苦八苦してるのが素人目で見ても明らか。
なのでセレナ達は上手く攻撃を受け流しつつ、堅実にダメージを与え続ける持久戦で渡り合っている。
『フーッ、フーッ!! フギャアアッオオオッ!!』
焦った
元々の体躯が大きい魔物だ、口を思いっきり開ければ人一人をひと噛みで喰い千切ることも簡単なんだろう。
けどセレナはそんな単純な攻撃に怯みもしなければ、やられる女性でもない。
「チャンスッ、左右!!」
「ハッ!」「おまかせを!!」
セレナが真正面から噛みつきに対応する。咄嗟に自分のマントを外して相手の口の中に放り込むと、口内の上下にその端が張り付き、ちょうど膜を張るように広がった。
さらに剣の鞘を横にして、上下の牙の間にはめ込む。
『!?!?!』
急に口の中が気持ち悪くなったからか、魔物は噛みつこうとした口の動きを止め、むにゃむにゃもごもごとうごめかせはじめた。
だけど牙に引っかかってる剣の鞘のせいで口を上手く開閉させられず、素早く異物に対処できない。
そこへ―――
「「「「おおおおおおお!!!」」」」
兵士さんが2人ずつ挟むように左右から、横になってる
ドシュザシュッズドッゴシュッ!!
『!!!!! フギュグググウウウリュウグウウウッ!!!!』
口に深いダメージを負ったことで、その激痛から悶絶して転がりはじめる魔物。
2転3転してフロアの角から位置が20mほど離れた。僕はチャンスと思って走りだす。
「セレナ、引き続き魔物への対処を! そこの兵士さんは僕についてきてください、あの子を保護します!!」
「! 了解いたしました。あなたたちは殿下につきなさい、残りは私と共に魔物への攻撃を続行!」
「「「ははっ!!」」」
すでに遠くから走る足音が近づいてきてるのが聞こえている。
もう1分としないうちに、調査でフロアのあちこちに散ってた他の兵士さん達が到着するはずだ。ここであの子供を保護してこの戦闘領域から離せば、セレナ達は気兼ねなく立ち回れるようになる。
場所はこちらに有利、戦力も集中する。魔物の討伐は加速するだろう。
「っ! これは酷い……」「なんてこった……」
二人の兵士さんが、倒れてる子を見て絶句するのも仕方ない。
右腕が二の腕の中ほどから先が喰われてなくなってる。それとは別に、酷い扱いを受けていたと一目でわかるほど、全身にさまざまな跡がついてる―――その跡をつける行為をした者へ、真っ当な人間なら誰だって怒りを覚えるほどの。
「あまり隙はありません、急いで!」
僕は自分のマントを外してこの子の身体を包む。兵士さん二人がハッとして、慌てて子供の搬送準備に取り掛かった。
「(あの魔物は獣の要素が強い感じだった……ってことは、自分の獲物を取られると感じたら相当に怒りだすはず。急がないと!)」
僕がこの子と一緒にここから出ることで、セレナ達は保護対象と護衛対象を気にせず戦えるようになるんだから、ここは1秒でも早く、この子を連れてこのフロアから脱出しなくちゃ!
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