第187話 檻の地下は凄惨な跡で満ちています




 町の下の地下アジトの、そのまた隠し扉からさらに下層。

 幸い、敵が待ち構えている……なんてことはなかった。だけど……




「これは……。また随分とお金をかけた造りですが、よほど重要な何かを隠していたのでしょうか?」

 ハシゴを降りた先。なんて事ない小部屋なのに、1つが両腕で抱えるような大きさのレンガで組まれ、隙間の漆喰も質の良いモノが使われてる。何より―――


「(―――鉄骨? ううん、単純に角形の鉄棒っぽいな)」

 少し錆が見られるけど鉄製で、15cm幅の柱があちこちに組み込まれてる。明らかに上の階層よりも頑丈さを意識した造りだ。


「先に行くのも鉄製の扉―――殿下、ここでお待ちくださいませ。誰ぞ上に戻り、兵を30名ほどかき集めてきなさい。加えて外にも連絡を」

「ハッ、かしこまりました、ヒルデルト閣下!」

 小部屋から次の部屋へと移るのにも鉄製扉。そのあまりに厳重過ぎる様から、セレナは察したみたいだ。まぁ僕もだけど。


「(これだけ厳重にする理由は一つ。この先で飼ってる・・・・のかもしれない、魔物を)」

 そもそも " 連中 " が脅威なのは、ある程度ながら魔物を操り、手札として使用できるからだ。

 もしこの先がその核心部分なんだとしたら、魔物がまだいる可能性が高い。頑丈な造りは万が一、暴れ出した時のためだと考えれば頷ける。


「(これまで魔物がいた形跡は、どこの拠点からも見つかったって報告は出てないし、ヴァウザーさんが捕らわれてた拠点にも小物しか残っていないかったって話が来てる。ということは、ここにひしめいてるっていう事も考えておかなくっちゃ)」

 僕は息を飲んだ。


 かつてヴァウザーさんから ” 声刻 ” という魔術の仕掛けで操るという話を聞いている。

 (※「第125話 西の果ての怪話です」参照)


 刻印が焼き付けられてる魔物と、対の刻印ある人間が声で命令をくだせるというものだ。けど事前にネタが分かってる分、そこに関しては問題じゃない。

 実際、ヴァウザーさんがその弱点をついたところをセレナが見てる。

 (※「第124話 逆襲撃の室内戦です」参照)


「(命令を出す人間の声を抑えればいいだけ……でも問題はその後。誰かに操られてても操られてなくても、魔物は魔物に変わりないし)」

 ここから先には魔物を倒す、または抑える戦力を準備してからでないと。


 そうこうしているうちに、ハシゴから追加の兵士さん達が降りて来た。




  ・


  ・


  ・


 そして、セレナが兵士さん達と鉄扉を開いて突入。僕は中の状況が分かるまで小部屋で待機。


 でも突入直後にセレナ達が驚きの声をあげ、そして絶句していた。


『な―――これは……』

 僕も開いた鉄扉から中を伺う。そしてすぐになるほどって思った。

 これは絶句するしかない。何せ中はほぼもぬけの殻で、魔物が1匹もいない。


 けど魔物がいたらしい空っぽの檻はズラリと並んでいて、奥まで続いてる。その数は100どころの騒ぎじゃなさそうだ。



「セレナ、とりあえず隅々まで調査を。暗いので明かりを適度に置きながら、最大限に警戒しつつ、慎重に行いましょう」

「はい、殿下。……全員、油断なくこのフロアを隅々までチェックして回りなさい。必ず5人一組で行動し、何か発見した場合は即座に大声または音をたてるように」

「「「はっ!」」」


 兵士さん達がテキパキと散っていく。あっという間に鉄扉の近辺は明るくなり、見通しがよくなった。


「……少なくとも、おぞましい事をしていたのは間違いないようですね」

 明るくなったことで、空っぽの檻の様子がよく見え、色々と想像をかきたてられる跡が生々しく残ってるのが分かる。


 さすがに僕は顔をしかめた。


「外道をする醜悪な者達の所業は、常に酷いものです。殿下、外にお出になられますか?」

「いえ、まだ分からないことも多いですから、もう少し―――……セレナ、今何か聞こえませんでしたか?」

 するとセレナはすぐさま剣を鞘から抜いて臨戦態勢を整えた。同時に僕の護衛で近くにいた兵士さん達も武器を構える。


「いえ、何も……殿下、それはどちらの方向からでしょうか?」

 こういう怪しい場所では自分は聞こえていなくとも、誰かが不穏な音を聞いたりモノを見たりしたなら、迷わず戦闘に備える。


 さすがの練度、って感心してる場合じゃない。檻がどれも空っぽだからって、このフロアに魔物がいないとは限らないんだから。



「左です。丁度、僕達が入って来た扉の壁に沿ってまっすぐ……おそらくはこのフロアの端の方でしょうか。かすかですが兵士さん達の鎧の音とも、僕らの立てる音とも違うものが聞こえたんです」

 僕は目をこらしてまだ明かりの届いていない暗闇を見た。


 地下だから、空間が広いといっても天井は低いし、音は反響しやすい。もしかすると別の方角からかもしれないから、兵士さん達は僕を中心に全方位を注意深く睨んでる。

 隣に立ってるセレナは、新しいたいまつを準備し終えた兵士さんにジェスチャーだけで先行するよう促す。その兵士さんも頷いて、ゆっくりと歩を進めた。


 徐々に明かりが奥へ奥へと広がり始め……ぼんやりと見えるものがあった。そしてそれが何か真っ先に気付いた僕は、弾けるように声をあげた。



「! セレナ、救援を! 子供が襲われています!」

「!」「!!」「!?」「!」「!!!」


 奇襲をした方がいいという声も聞こえてきそうだけど、たいまつの明かりがある時点で奇襲の効果は薄いはず。


 それよりもあえて敵に気付かせ、襲われてる子供からこちらに注意を向けさせる方が良い。

 これで敵が人間だったら、人質に取られて厄介な状況になったりもしたかもしれない。だけど明かりに浮かんだそのシルエットは明らかに人外。




 そしてその足元には、これまで散々になぶり者にされ、その身の一部を喰われたと思しき大きな傷のある、無惨な子供の姿があった。




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