第153話 利便の毒花と未来を憂います



 金属板を取り入れた壁の工事を見て、僕は少し思うところがあった。



「(技術……かぁ)」

 この世界にはない道具や武器、便利な制度ルール機構システムを作ればいろいろ有利になるし、今の僕が抱える問題や悩みを一気に解決できる。


 異世界転生―――に限らず、文化文明の進んだ前世から記憶や知識を引きついでる人なら、きっと何かしら考えて実際に実行する。



「(たとえば料理とか、この世界の水準も前世に比べると美味しくない方だし、いろいろ導入したくなるのはすっごくよくわかる)」

 日本なら醤油や味噌、欧米ならマスタードやトマトソース、ビネガーや各種ケチャップ、東南アジアとかならナンプラーとかニョクマムなんかの魚醤……といったように、前世で親しんだ調味料なんかを今世でも探したり、再現したりして手に入れたくなるはず。



 だけどそういう行動は、すっごく危ないことなんだ。



「(歴史の重要性―――それはさまざまな物事の成立する過程が、人間にとってすっごく大事ってこと)」

 もしも前世でいきなり宇宙人がやってきて、地球人が全然届かないような超技術による完成した道具や兵器を与えてくれたりしたら、世界はどうなる?



「(少しずつ自分達で試行錯誤して、色々と小さな成功や失敗を積み重ねていくことで熟れていく―――使い方や接し方、扱い方、そこにかかってくる倫理観だとかも確立していくのを、全部スキップすることの危うさ……)」

 この世界でいえば、どんな魔物も1発で欠片も残らないような武器を作ると、きっと誰もかれもが飛びついてくるし、たぶん平和にもなる。


 だけどそれで魔物の脅威を排除した後は、間違いなく人間同士の戦争の時代が待ってる。


「(経験的にも精神的にも知識的にも未熟なのに、過ぎた玩具を与えられたら……それで火遊びしてしまうのが人間だしね)」

 激痛を経験してからようやく慎重になるかもしれない、っていうレベル。それでもせいぜい100年もすれば忘れてしまう。その繰り返しだ。


「(だから、僕としては銃とかの兵器の仕組みや構造は知ってるけど、この世界に持ち込んだりしないでおこうって、小さい頃から思ってた)」

 何より、いくら目の前の魔物っていう脅威が排除できたところで、レイアの世代やその先で、その武器でもって血みどろの戦争をされるのは嫌だ。


「(でも、このままでも今そこにある脅威が、レイア達のような子供を脅かしかねないわけで……)」

 利便性の向上は同時に倫理や精神との兼ね合いで、それをある程度育むのが歴史だ。

 過去の類似する良い事例や悪い事例を学ぶことで、新しいものへ接する時に犯す過ちを軽減し、正しい扱い方を理解する助けになる。


「(でも、画期的な考えや発明じゃそうはいかない。過去にぜんぜんなかったような概念だったり、仕組みだったり、存在だったりするわけだから……)」


 すごく悩ましい。


 僕が何もしなくったって、自然と画期的・革新的な何かはそのうち生まれてくるだろうし、人間同士の戦争だってもう起こる可能性は垣間見えてる。


 こうして僕一人が悩んだってどうにもならないのかもしれないけど、考えれば考えるほど怖くなってしまうし、考えずにはいられないんだ。



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「(異世界転生モノのお約束、前世の知識と経験で無双―――それで気分いいのは結局、その当人だけなんだよね)」

 僕はベッドの中で、エイミーの頭を撫でながら寝室の天井を眺める。


 夜の営みが出来るくらいに回復した身体だけど、やっぱり体力は落ちてるから、まだ無理は出来ない。


「ぅうん、むにゃむにゃ……でんかぁ~……ぅにゅにゅ……」

 エイミーに寝言で呼ばれて思わずクスッとした。


 これで僕が、もっと背があってイケメンなカッコイイ系の王子様だったら、セクシーなベッドシーンに見えてさまになったことだろう。

 けど、男女とも小柄でどっちも可愛い系じゃ、客観的に見たら微笑ましい感じにしか見えなさそうだ。



「(兄上様の第一夫人もご懐妊だし、エイミーにもそろそろ……って言いたいけど、こればっかりは前世の知識をフル活用したって、狙って100%は無理だし)」

 何より、レイアもアイリーンもいい感じの経過で、産後のドタバタも落ち着いてきた今、先に次のお嫁さんを正式に迎えるべきかもとも思う。


 レイアに腹違いでもいっぱい弟妹を用意してあげたい。


 たとえ将来、世界が危険な方向に向かっていったとしても、その舵を取ったり立ち向かったり乗り越えたりするのは結局、人自身だ。しかもより近い人間同士なら、手を取って協力もしやすい。



「(兄上様達が僕に良くしてくれるように、レイア達の世代もみんな仲良くしてくれるといいなぁ……)」

 人間の力を信じる。手を取り合って頑張ってくれることを願う。


 結局、今の人間が未来を憂いて想えるところの究極はそんなもの―――なら僕は、子供達の世代がよりたくさんで手を取り合えるように頑張る。





 ……。……け、決してヘンな意味じゃないもんねっ!



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