第152話 技術の無駄使いには裏がありました



 どうも兄上様達は、金属張りの技術を取り入れたらしい。

 それがあの金属壁の正体だった。



「(確か前世じゃ、木造帆船とかの一部に装飾や腐食防止で銅張り装甲した船があったのを知ってるくらいだけど……)」

 まさか部屋の壁に張るだなんて。しかもばしたっぽい金属板は、薄いっていってもはくほどじゃなく、厚さ5mmくらいある。壁1面で50人分の鎧くらいの金属が使われてるんじゃないだろうか?


 しかも鈍色にびいろ。明らかに銅板じゃない。


「ええっと、その……殿下、あの金属の薄板は、鉄か何かのように見えますけれど、まさか……ですわよね?」

 クララも顔を引きつらせてる。


 当然だ。この国の鉱石・金属産業はそれなりに安定はしてるけど、特産といえるほどじゃない。

 潤沢っていうには心もとない。こんな壁の一部に使用するのは贅沢すぎる。





「あ、これは殿下、いらっしゃいませ。工事中は危険ですので、あまりお近づきにはならないでください」

 迎えてくれたのは現場を仕切っている文官で、確かユッポルースという名前だったと記憶してる。


「金属板を張るのは、兄上様の……?」

「ええ、ご命令です。総エナームコーティングを施しておりますから、外部からこの部屋への襲撃は以後、決して許さないことでしょう」

「そ、総エナーム……」

 クララがくらっとまいを起こす。僕は慌てて彼女の背を支えた。


「それは、……すごいですね。大丈夫なんでしょうか、色々と……」




 エナームコーティング―――この世界独特の技術で、塗ってからしばらくすると石のように硬く、ゴムのような柔軟性を併せ持つ状態に固まる特殊薬液エナームによる、表面加工だ。


 エヌメルっていう鉱石を溶かして作るエナーム液は無色透明。塗って固めると酸化や風化を阻止する効果があったから、最初は絵画や美術品の保護だったり、壊れた工芸品の破損部分の補強なんかに使われた。


 けどある時、鍛冶職員が冗談半分で壊れた盾や鎧の修理に使ってみたところ、金属とも相性良いことが判明。

 薬液を塗るだけで武具の強度を増すことができる上に、透明だから外観に影響も与えないので爆発的に広まった―――までは良かったんだけど……


「(確かエナーム薬液って、作るのに超繊細な配合作業が必要じゃなかったっけ……)」

 コップ1杯の薬液を作るのにベテランの職人が3時間かかる。


 配合は、678度きっかりで溶かしたエヌメル鉱石の質量1に対して、91度のお湯を0.56、錫鉱石と複数の鉱石の溶解物0.45、ケイブシルバー軽武銀っていう独特な鉱石1.23。


 これらを僅かなミスや不純物なしで完全に混ぜ合わせ、同量の熱湯で2時間煮込むと完成する。


「(温度と分量をちょこっとでもミスったら即アウトな代物を、部屋の壁全面分って……)」

 しかも塗られてるのは金属板の表面だけじゃなく全面。壁に埋め込む形みたいだから、たぶん錆防止が目的なんだろうけど問題になるのはその費用だ。


 何でもエナームコーティングは、鎧の表面に薄く塗る分量だけで新しい鎧が2つ買える、なんて揶揄されるレベルでお高いらしい。





 僕達が軽くショックを受けてるとユッポルースさんが苦笑しつつ、申し訳なさそうな何とも言えない表情を浮かべた。


「……殿下、これは反発的だった貴族諸侯に対する、宰相閣下の皮肉を込めた意趣返しなのですよ」

 周りにあまり聞こえないよう、声を潜めながら教えてくれた話によると、王城内にまで魔物が襲撃してきて壁を破壊した事実があるのに、なお護衛戦力の増強に難色を示した大臣や貴族達に対して、兄上様が取ったのがこの措置らしい。


 その時のやり取りはこうだった。


 ―― まず反対する大臣とそれに同調する貴族らが、みだりに人員を増やすのではなく、設備を堅固にするだけで事が足りる、と主張。


 ―― それだけでは不十分だろうと、王室派や保守的な貴族達が反発。


 ―― それに対して、ヒルデルト准将とその配下が護衛に回っていながら足りないとかどうよ? ってセレナの護衛力をあざ笑う形で反論。


 ―― 王家の軍事裁量や軍権力の強化を阻止したい彼らの言いそうな事だと、宰相の兄上様が内心イラ立つ。


 ―― 一計を立てた兄上様は、彼らが冗談交じりで主張していた “ 設備を堅固にする ” を採用。ただし、そう主張した当人たちが全額・・費用を出すように了承させた。



「(……多分、設備を堅固にする内容はこっちで決めて、後で請求書がその貴族達に行くパターンなんだろうなぁ。だから徹底的に高額になるような工事にしたんだ。実際、防備は堅くなるし、反発した貴族達は私財を減らすことになるから一石二鳥……うーん、さすがは兄上様)」

 前世の世界でも中世代には時の最大権力者が、いまいち忠誠に欠ける信頼度の低い将に対して、将来の反逆や戦争にかけるお金を奪う手口として、平時に大規模な工事を労力資金ともに受け持たせる、なんて事をしてたケースがある―――それと同じだ。


「(この辺りの兄上様の狙いについては、後でクララにも聞かせてあげよう)」

 なまじ理解できるからこそ、完全に目をまわしてダウンしてるクララ。

 反対にエイミーはまったく技術の凄さが分からないので、とにかくお高い工事だ、くらいに思いながら、壁の工事の様子をぽや~っと眺めてるようだった。



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