第147話 静かな日々の先を警戒します



 襲撃を受けてから1カ月ちょっとが過ぎた。



 僕自身はとりあえずジワジワと回復してて、今のところ大きな問題もなく安穏とした静養の日々が続いてる。


「(……危ないかな)」

 こういう時は逆にこわい。

 事件の黒幕は、魔物という禁断のカードを切って、数度の王弟妃暗殺未遂に王弟襲撃と、完全に賭けにうって出たはず。

 それらが全て失敗に終わった今、相手にとってはかなり焦る状況だ。


 だけどここまで新しい動きもなく、毎日平穏っていうのは……。


「(容疑者には兄上様達から圧がかかってるはずだし、ほとぼり冷めるまでじっと息をひそめて……なんていうのは通用しないって分かってるだろうし)」

 何か、次の手を準備してると考えるのが自然だ。その準備が整い次第、また仕掛けてくるかもしれない。







「―――それで儂に相談したいという事か」

 父上様がお見舞いに来てくれたので、ついでに相談に乗ってもらうことにした。


 言っても代替わりしてるのは王様だけで、他の主要な貴族家は父上様の代から継続がほとんど。

 前王である父上様なら、僕達が怪しいと睨んでる貴族の人となりを知ってるはずだ。



「ふむ、マックリンガル子爵な。彼奴きゃつは見た目は優れておるが、性格が相当に内向きでな。実家を継ぎたての頃は、キチンとやるべき事はやっておったし、社交界にも顔は出しておった。……ふーむ、いつからだったか、とんと見なくなっておったなぁ、そういえば」

 一番の容疑者は、どうやら昔から引きこもるのにピッタリな性格だったみたいだ。気付かないうちに見なくなっていたってことは、相当に存在感を消すのが上手かったんだろう。


「(もしかすると、そのちゃんとやる事やってた若いころに、もう既に準備をはじめてたのかもしれない)」

 そう考えると合点がいく。

 自分の地位・領地を維持したまま、国家の中枢から忘れられるほど存在感を消すってなると、かなり時間をかけて色々情報工作なりしなきゃ無理だ。

 一段と怪しさが増す。



「ヘブイトル伯爵は気持ちのいいヤツだが信用はならん男だ。常々裏で、危険なことに手を出しておるという話が尽きぬ。また潔癖症な男でな……酒のグラスを持つ時でさえ素手では決して触れぬし、訪問先では自分の手荷物を誰にも預けぬ」

 父上様の話だとヘブイトル伯爵は、潔癖症以上に他人を信用してない感じに聞こえる。

 まぁ危ない橋を渡ってる人は、いつ自分が狙われないか不安になりやすいだろうし、そこは自業自得だけど。


「(そういう人が何かやらせるときにタバコの灰を落とすような人間を用いるなんて思えないし、ヘブイトル伯爵は少なくともアイリーン襲撃の黒幕ではなさそう)」

 もっとも、ウィウラータ男爵がタバコの灰を落として絨毯に穴を開けたのが、たまたまの失敗だったというだけで、普段はそんな粗相は絶対にしないような人物ならまだわからないけど。



「モウリンデ子爵はとにかく贈り物が多い。何かというとやたらと贈り物を寄越してきよる男じゃ。……かの家は大昔、奴隷商売で大儲けしていた過去があってな、その時に構築された後ろ暗い伝手がまだ生きておるという。贈り物もそうした伝手を活かしておるようで、彼奴が用意できぬ物はないとまで言われておるほどだ」

 途中から父上様の声が小さくなる。あまり大きな声では言えないがってやつだ。


「(奴隷商売かぁ……。だとしたら、色々と危険な組織とかと繋がりがいっぱいあってもおかしくない。それに、確かモウリンデ子爵からはお見舞いの品が届いてなかったはず……何かっていうと贈り物をするような人物が、王弟の危篤に見舞い品をまったく贈ってこない?)」

 うん、かなり黒そう。



「ほう、オピノル男爵な。あそこは美人じゃが恐妻で知られる奥さんが有名だのう。しかもその奥さん、賢妻とは言えぬ女性でな……言うなれば我がまま傲慢、自分の欲を満たすためならどんな輩とも取引するような危険人物じゃ。オピノル男爵も気の弱い男じゃから、今でも妻に振り回されておろうな、可哀想な男じゃよ」

 なるほど、それは意外な盲点かもしれない。

 貴族の当主が黒幕じゃなく、その家族が本命のパターン……確かにありえるかも。


「(もしそうだと、ちょっと厄介かもしれない。仮にオピノル男爵夫人が黒幕だったとしたら、容疑は夫のオピノル男爵に向きがちで、追い詰めても夫を盾にしている間に、本命は逃げるっていうような展開にもなりそう)」

 でも、その夫人が僕を殺そうと刺客を送ってくる理由がない。アイリーンへの襲撃の件だってそうだ。


 強いていえば、ルクートヴァーリング地方を他国へ売ろうとしてた件くらいだけど……


「(あの件も結局、黒幕にたどり着けてない。いくらなんでもいち貴族夫人が悪さをするなり企むなりして、そんな巧妙に自分へと辿られないようにするなんてこと、できるかな?)」

 



  ・


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「かしこまりました、殿下。それでは念のため、このリストにある貴族の息がかかっていそうな者の動きには警戒しておきますね」

「うん、よろしくセレナ」

 父上様から話を聞いて、僕なりに容疑者をさらに絞り込んだリストをセレナに渡しておく。


 貴族達は、王国に忠誠厚い者だって示す観点から、自分の息のかかったメイドや兵士さんを、王城に送り込んでることがある。

 実際、王城に務めるメイドの2~3割は、貴族の3女4女や養い子だ。


「(ま、忠誠っていうのは建前で、本当は僕達の情報を収集する役だろうけど)」

 逆に分かっていれば、そういったメイドや兵士には情報が届かないように気を付けることも出来るし、誤情報を掴ませていい様に動かしたりもできる。


 僕達家族の護衛指揮をしてくれてるセレナには、そんな相手に気付かれないよう、怪しい動きをしてる者を探ってもらうとして、僕はさらに一手を講じる必要性を感じていた。





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