第125話 西の果ての怪話です




 セレナが昨日、またアイリーンに襲撃を仕掛けようとしていたところを捕らえたのは、ネーブル卿という男爵だった。




「? 聞かない名前ですが……」

 普段から頑張って勉強し、低位の貴族まで名前をチェックしてる僕の記憶にもない。


「無理もありません。ここ10年ほどは自分の領地に引きこもり、公の場に一切姿を現していなかった男です」

 隣を歩くセレナがそう説明してくれる。けど少し違和感があった。


「そんなことでよく男爵位を維持していましたね、その方」

 確かに領地経営のために自領に長く引きこもる貴族はいくらでもいる。けど、それでも貴族は貴族だ、領地にばかりかまけてるわけにもいかない話はいっぱいあるはずで、その一切を無視していたら、領地没収どころか爵位も剥奪されそうなもの。


「ネーブル氏は正しくは男爵ではありません、殿下。何年も前に地位も領地も剥奪されております。ただ……問題はその領地にございまして」

 後ろからついてきていたオーツ一尉が言いにくそうにしてるって事は、何かいわくつきっぽい。


「構いません、教えていただけますか?」

「ハッ……その、ネーブル氏の元領地かつ氏が引きこもっていたその地は、西の・・端にある小さな辺境なのです」

 西―――今までは、この王都から王国の東側ばかりで色んなことが起こってた。けど、何故か西側は静かで不気味なくらいに平穏だった。


「(僕のルクートヴァーリングも王都から北東位置だし、今までの国内の魔物の事件も全て東側だ。てっきり東の国境の向こうが魔物の巣窟になってる地だから、って思ってたけど……)」

 この王国から東には国が一つもない。

 遥か昔から続く歴史の中で、とっくに魔物に滅ぼされてしまって今は無限の荒れた地が続いてる……って言われている。


 一方で西や南、北には他の国が健在。なので王国が常に脅威にさらされるのは東からだけ、主力も東の国境に張り付いてるわけで。


「(人間同士の国家間戦争がないからこそだけど、それって裏を返せば王国西側の各領地って、東側よりも中央からの目が行き届いていないんじゃ?)」

 しかもオーツ一尉は ” 辺境 ” って言った。

 その元貴族のネーブル氏が引きこもってたってところは、ますますフリー状態だった可能性が高い。



「つまり、地位や権利を剥奪されていてなお、王家の目から逃れて良からぬ事をしていた、という事ですね? そのネーブルさんは」


「はい、魔物の大きな案件が相次いだこともあって、軍の割り振りはどうしても東側に傾いてしまいました。この度の防衛圏再編においても東側が中心で、西側には設けられておりません、もし何かを企んでいる者が隠れるのでしたら……」

 セレナは悔し気だ。いくら担当が決められていたとはいえ軍を預かる一人。王国に牙を向ける者の暗躍は許せないし、阻止できないのがもどかしそう。


 けど、セレナは将官位の面々の中では頭一つ突き抜けて功績をあげてる。国境張り付きで東からの魔物を抑えてる主力のゴーフル中将を除けば、王国への貢献度はトップ。彼女が気に病む必要はないんだけど、さすがの責任感だ。



「……西側―――それも王国の端の、いわくつきな辺境の地は隠れて何やら行うには最適、という事ですね。とりあえずもっと詳しいお話はこれから・・・・しっかり聞いてみる事にしましょう」

 王城から外に続く廊下の先の離れ。完全武装の兵士さん6人が敬礼で出むかえてくれる。そして、ゆっくりと部屋の扉が開かれた。




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 器用、という風に考えるのは失礼なんだろうけど、ソファーの上に腰かけてティーカップをソーサーごと持ち上げ、優雅に紅茶を嗜むヴァンピール吸血鬼


 昨日、セレナ達が抑えた魔物の1体だ。


「私ハ、vLwXhЯEerと言ウ。ヴァウザーと呼んデいたダけれバ結構でス」

 そう自分の名前を教えてくれたこのヴァンピールは、なんだか余裕の雰囲気だ。

 今の状況を全て受け入れてる感じで、緊張してる兵士さん達の警戒むなしく、暴れ出しそうな雰囲気はこれっぽっちもない。


 オーツ一尉は兵士さん達同様、いかにも警戒を緩めないようにしてるけど、僕の隣に座ってるセレナはリラックスしてた。

 でも視線はしっかりと相手の指先まで注視してる感じで、油断はなさげ。



「ではヴァウザーさん、お話を聞かせてください。貴方は何故、誰かの命に従い、この王城へとやってきたのですか?」


「奴ラの命に従うハ、本意ではナい。奴らハ “ 声刻 ” しょうこくと “ 人質 ” でモって、我ラを強制しテいルのだ」

 

 説明によると ” 声刻 ” っていうのは、魔物の身体に特殊な刻印を焼きつけて、それと対になる魔術の刻印を身につけた人間が、声に出した命令によって操る事が出来るっていうものらしい。

 ただ、操れるのは魔物なんかの比較的知能の低い相手だけなんだとか。



「本来ハ、人間が人間ヲ操る術とシて研究してイたような事を、話ているノを耳にしタことがアる。それハ失敗したよウだがある時、魔物を操れルことに奴らハ気付いタのダ」


 そしてヴァンピールのヴァウザーさんが語るお話は、闇深く驚く事実が明らかになるものだった。




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