第124話 逆襲撃の室内戦です





 薄暗い、誰も使っていない空き部屋の中、異様な影を伴って息をひそめている男がいた。



『……ここで何としても成功させねば。失敗は許されんと理解しているのだろうな、貴様きさまら?』

『……ワガ、ッタ………』

『ガン、バル……』

『……』

 ギリギリのコミュニケーションながら、大人しく命令に従って声を潜めている魔物達。男は安堵と不安の入り混じる何とも言い難い気分を覚える。


『(今日は警備の人間の入れ替えがあるという。その際、僅か1時間ほどだが常駐する護衛が少なくなると……アイリーン妃が出産直後で戦えたのは想定外だったが、聞けば以後は連日ベッドの上とか。無理がたたったて体調思わしくないに違いあるまい。今度こそはッ)』

 男は自分の手の甲の肌を噛んだ。ここで焦ってしくじるわけにはいかない。


 計画通りに事が進まないのは腹立たしいが、こういう時こそ冷静にならなければと、自分に言い聞かせる。


『(護衛が増強された時は絶望したものだが、逆に兵士の入れ替えで隙を作るようにもなった。そしてこちらは新たに3匹を借り受け・・・・たのだ。タイミングさえ間違わなければ戦力的な優位は十分よ。気づいて増援が駆けつける前に、短時間で仕留められるはず)』

 本来、まだ秘しておかなければならない手札を使うことになったのは、高名な英雄級の戦士であるアイリーンを始末するためだ。


 彼女が現役時代に打ち立てた実績は調べるほどに驚愕するばかり。ジャイアントキリングと呼ばれるのも頷ける。

 だが、巨大な魔物の討伐をたった1人で・・・・・・行ってきたという事実は、” 彼ら ” にとって無視できない大きすぎるものだ。


 王弟妃となって一線を退いての王城生活に、加えて子供の出産ともなれば、いかなる強力な戦士といえど鈍る。あるいは戦闘行動そのものが困難になる。


 排除するには絶好の機会……の、はずだった。


 しかし、魔物への警戒が強まるリスクを取ってでもこの機会を逃すまいとした結果は、最悪だった。

 魔物を用いる判断をせざるを得なかったのは、腕利きの暗殺者でさえもその刃が標的に届かなかったからだ。

 (※「第112話 ビキニアーマーと曲者です」参照)


 更なる実力の刺客となると、もはや人間の領域では用意のアテはなし。ならば仕方ないと、虎の子ともいえる魔物を使ったのだ。


『今度こそ成功させるっ、これ以上のお小言はゴメンだからなッ』






誰から・・・お小言を貰うのか……詳しく聞かせてもらわないといけないようですね」


 男は心臓が飛び出す思いがした。

 恐る恐る声のした方へ視線を向ける―――そこには将官の豪奢な鎧に身を包んだ女性の姿があった。


「っ!? ヒルデルト准将っ、気付かれ―――き、貴様らっ、何をしているさっさと」

「かかれっ!!」

 男が魔物に命を下すよりも早く、セレナの号令を受けて様々な恰好をした兵士達が飛び出し、室内に展開し、戦闘態勢に入った。


 兵士達の武装は警護レベルのものではない。魔物と戦争を前提とした完全武装状態だった。


「何かをやらせる隙を与えるなっ!! 猟兵は回り込んで死角を取れ!」

「く……ぐっ。ええい! 獅子魔人ライガルオ、ワシを守れいっ! 二足歩行狼ウォルフは雑兵どもを蹴散らすのだっ! グズグズするなっ」

 獣系の魔物2体は、命令を受けるとピクリと小さく揺れる。そして命じられた通りに行動し始めた。


「(もう1体が動かない……しかし完全に棒立ちというわけでもない様子、命令はあくまでも大雑把にしか聞かない?)」

 部下が魔物と交戦を開始すると同時にセレナはしかと観察と分析を行う。動き出した2体の魔物は、それぞれ共に兵士数十人を屠ることが可能なだけの強さを持っている。


 だが魔物と戦う事を前提としていれば、必ずしも人間が絶対不利とは限らない。


「ウォルフの瞬発力に注意しろ。足元をチェックだっ」

「攻撃の死角を突け、間合いは不用意に詰めるな、どうせあちらから迫ってくる!」

「爪はまともに受けるなよっ、盾でもキツい」

「肩口を斬れっ、ライガルオはそれで脅威度が下がる!」


 魔物が人間より遥かに戦闘力で勝っているといっても、それは身体能力の高さと傷つく事をも恐れない凶暴性にある。

 

 だが人間は知性と団結力で魔物に勝る。十分な準備と状況を整えさえすれば、危険な魔物を相手取っても渡り合うことは出来るのだ。




「(く、くそっ、くそっ、女将軍風情に邪魔をされてっ。ここで、ここで失敗するわけにはいかないというのにっ!!)」

 男は奥歯を噛み締め、やむ負えないと腹をくくる。


 今度は失敗できないだけに、本当にヤバい奴を預かって・・・・きたのだが、彼としても出来れば使いたくない。他の2体と比べても圧倒的に強いが、同時に事が大きくなり過ぎて、後々に支障が出る可能性も高い。


「……へ、へへっ、だが仕方ない。こうなったら構うものかっ、おい吸血鬼ヴァンピール、出番だぞ! 奴らを蹴散らしてしまぇっ!!」

「! 何っ、ヴァンピール……!?」

 男の掛け声に思わずセレナが驚愕した。


 なぜならその魔物は幻とさえ言われて誰も見た事がない―――ただ伝説だけが記録にあるというレベルである。


「………」

 唯一動かなかった、全身に包帯を巻いていた人形の魔物がゆっくりと1歩前に出る。すると包帯が音もなく解かれていき、中身が姿を現した。



 ―― 黒い肌。といっても褐色ではない。濃い灰色で、いかなる人種とも比肩しない、おおよそ人の肌とは思えないような質感をしている。


 ―― ボロボロの、農民のような衣服を纏ってはいるが、どちらかといえば痩せた貴族を連想させる顔立ち。


 ―― 赤い瞳。瞳孔はない。特徴的な牙が恐ろし気に生えて入るが、多くの亜人系の魔物と比べればまだ人に近い雰囲気がある。


 ―― 足が細く長く、しかし胸板が厚い。その歪な体躯はやはり人ではないのだと強く感じさせる。



「ハハハハッ! さぁいけ、ヴァンピール!! 伝説にとどろく魔物たるその力、今こそ示すのだっ!」

「……」


「(本当にあの伝説の魔物なのか? ……詳細が分からない、これは対処の仕方が不明すぎる)」

 セレナの緊張が伝わったのか兵士達の表情もこわばる。包帯の中身を知らなかったのか、仲間であるはずのライガルオやウォルフすらも戦闘を一時停止して驚愕していた。


 そんな中―――肝心のヴァンピールは長い沈黙の後、驚くべき行動を取った。


 ガシッ!


「ふぐっ!? ふあふぁになに……ふぁかバカふぁはひべはではふぁいないふぁにほ何をひへいうしているふぁっひあっちふぁ!」


「声を出せナけれバ、命令モ出来なイ。そちラのリーダーよ、俺ハ投降すル」

 魔物として考えると、驚くほど流暢な言葉での降伏宣言。


 緊張から一転して、戦闘はあっけない終わりを迎えた。




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