第126話 ハーフ・ヴァンピールの物語です
その昔、魔導の極みに達した一人の人間が、ついにその先の神の域に踏み込んだ。
彼は神々にある事を願った。それは人類の進化……人間という種全体を高みへと押し上げることであったという。
神々はその願いを聞き届けた。しかし代償として、古代より脈々と人類が練り上げ、積み重ねてきた魔法の力を捧げる事となった。
瞬間、この世界の人類の魔術・魔法に関する全てが喪失。人類の魔法文化はゼロから再スタートする事を強いられた……それが3万年も前の出来事だという。
「(それで、この世界は魔法がいまいちなのか……それまであったものが全部消えて、完全にゼロからってなると遅々として進歩しなかったんだ)」
そして神々は約束通り、人類を一段高みの生物へと押し上げるための方策を取った。
後に “ 魔人 ” と呼ばれる新たな知的生命体をこの世界に解き放ったのだ。彼らはいずれも人を超越した生物であったが、人との親和性が高い生物でもあったという。
やがて人間と魔人が交わっていくことで、魔人の血が人類全体へといきわたり、従来の人よりも高度な心身を備え、以前よりも優れた存在へと昇華する。
―――それが神々の描いた構想。
ところが人類は、神々が思うよりも遥かに臆病で猜疑心の強い生き物であった。
「魔人を恐れタ。魔人の血が交ワる事ヲ、
それも神の名の下にくたばれ悪魔よー、とかそんな感じだったのかと思うと、すごく滑稽だ。
言ってしまえば神様の使いのような相手に対して悪魔のレッテルを貼って、神様の威光を勝手に名乗って退治しようって言うんだから。
「(うーん、とてもよく想像できるなーその光景。人間って神様的なものを信じはするけど、実際に神様が目の前に現れたりしても、たぶん信じないだろうなぁ)」
そして魔人は、遥かに数の多かった人類に迫害され、敵視され、そして殺されていった―――言うなれば魔人は、神様が人間に与えた恩恵のはずなんだけど、それを信じなかった結果、人類はより優れた存在になれるチャンスをふいにしちゃったわけだ。
そして5000年ほど前、魔人はこの世から姿を消した。
その存在はもはや魔人とすら認識されず、魔物とひとくくりにされ、伝説上の存在と成り果てて、多くの人に忘れ去られてしまった。
だけど……
「迫害の時代を乗り越え、ほんの少シだが生き残っテいル。私はそノ魔人の父ト、人間の母ノ間に生まレた」
ヴァウザーさんの父親こそ、伝説に語られるヴァンピール本人ってことだ。同時にその生き残りの ” 魔人 ” の一人でもあると。……一体何万歳なんだろう?
「父は言ってイた、"人間はいマだ精神ガ未熟でアる。だガ、時を経テゆけバ、いつか我らヲ受け入レられル精神性を身にツけるだロう。我はソの時を待ち続ケる ” ……ト」
実際、魔人について今の世の中じゃ知ってる人を探す方が難しいと思う。文献だって、かろうじて単語がどこかのおとぎ話に出てくるかどうかレベルで、完全に忘れ去られてる状況だ。
聞けばヴァウザーさんは今350歳らしい。つまり350年前、ヴァンピールである彼のお父さんを受け入れて子供を作った人間の女性がいたってことになる。
「(その頃にはすでに、魔人の存在を悪く思ってる人はいなかった―――といっても、ヴァウザーさんのお父さんが無理矢理女性をかどわかしたりしてなければ前提だけど)」
その後、ヴァウザーさんはお父さんの教えを受けて育ち、お父さんが周期的に就く眠りに入ったのを機に、近くの村に家を持って普通に農民として畑を耕し、村人達と一緒に生活をしていた。
ところが……
「ある日、“ 奴ら ” がキた。私の事ヲかぎつケ、捕まエに来タ」
「……一つ、質問させてください。その時の “ 奴ら ” というのは、とても強い方々だったのですか?」
ヴァウザーさんもハーフだけどヴァンピールだ。その気になれば生まれ持ったその強さは人間の比じゃないはずで、彼を簡単に捕まえられる人間が早々いるとも思えない。
「村ヲ、人質にサれた。私は村の人々ト、仲良くシてタから “ 奴ら ” はソこに目ヲつけタ。私ガ抵抗スれバ、村にモ危害が及ブ。そレに……」
ヴァウザーさんの言いたい事は分かる。
ヴァンピールとして目をつけられた時点で、ヴァウザーさんは詰んでいたようなものなんだ。
「(もし、その “ 奴ら ” を蹴散らしたとしても、そうしたら " 奴ら " は大手を振って
" あの村に吸血鬼がいる、村人はすでに吸血鬼の虜だ " なんて言って、それこそ国や軍に訴えたはずだ。その時、どちらが善悪かなんて詳しく調べられたりもしない。何せ人間と伝説の吸血鬼だ、どちらの訴えを取るかなんて決まりきってる)」
しかも王都から遠く離れた地での出来事じゃ、詳細はまず伝わらない。人間とヴァンピール、その情報だけで倒すべき悪は後者と断定されてしまう。
もしそうなってさらにヴァウザーさんが抵抗したら、せっかくお父さんが長い時間耐え忍んできたのがすべて無駄になってしまう。
ヴァンピール……ひいては魔人という存在は、再び人類の敵って決めつけられちゃう事になる。
「それでヴァウザーさんは大人しく捕まったんですね」
「そうデす。幸い、奴らが私ヲ父と勘違いしてイたノもあリまス。純正のヴァンピールを、強力無比な魔物ト思い込んデましタかラ、囚われテいル時の扱イは、比較的マシでしタ」
かなり多角的に物事を判断してる。ヴァウザーさんは相当に頭がいい。
「(……あれ?)」
けど、それだとつじつまが合わないことがあった。
魔物を操る
ならヴァウザーさんが操られるのは変だ。
「私の場合、 ” 人質 ” があったのデ。そレに、完全でハなイものノ、声ヲ聞クと意志が僅かに拘束さレ、逆ラう動キが出来ナくなル程度には影響ガ、あっタのでス」
「(つまり、今もその
セレナが対峙した時も、ネーブル卿はヴァウザーさんを用いることをかなり躊躇ってたと聞いてるし、ハーフでもヴァンピールの彼は扱いにくい手駒だったのかもしれない。
「私は機会ヲ待っていマしタ。命令者のノドを抑エれバ、
「ですがヴァウザーさん。そうなると " 人質 " は―――」
すると彼は少し悲しそうに、そしてゆっくりと首を横に振った。
「ひと月ほど前でス。囚われテる時、話ヲ耳にシましタ。……村は、もウ……、………。そレを聞イて私は、“ 奴ら ” かラ逃レる機会ヲ、待っテいタのデす」
約束は守られなかった。おそらくヴァウザーさんの住んでいた村は " 奴ら " に蹂躙されたのだろう。
略奪や口封じ、いくらでも理由は思い浮かぶ。
そもそも魔物を使役しようという連中だ、ヴァウザーさんが大人しく従ったところで、村と村人に危害を加えないでいるわけがなかった。
伝説のヴァンピールの血を引く彼が小さく見えるほど、とても物悲しそうに紅茶の水面を見つめていた。
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